俺は小さなアパートの前でその扉に手をかけるかどうか躊躇っていた。この扉を開けたときに目の前に突きつけられる現実。それが俺は恐ろしい...俺はドアを開けることが出来ないでいた。

俺は萎えてしまいそうな自分の心を奮い立たせる。しっかりしろおまえは超のつく一流のエージェントだったはずだ。死線をくぐり抜けたのは数え切れないはずだろう。

思い出すんだ、おまえがたてた誓いを。おまえは愛する妻や娘を守ると誓ったのだろう...ならば何を躊躇う。しっかりしろ加持リョウジ、これは俺にしか出来ないことだ。

俺は何度目かの決意をするとドアのノブに手をかけた。油の切れた蝶番がきしんだ音を立てドアが開いていく。そのとたん得も言われぬ臭気が俺の鼻を突く。俺はその匂いに眉をひそめると、そのまま部屋の中へと入っていった。乱雑に散らかる室内、まるで嵐が通った後のようだ...そして俺はもう一つドアを開けたところで、目指すものをベッドの上に見つけた。

その部屋も他の部屋の例に漏れず荒れ果てていた。そしてベッドの上には肉塊と化した愛しい娘の姿が...

「アスカ...」

俺は娘の名前を呼んでみる。3ヶ月前、娘は自宅から離れた大学に通うからと俺と妻の元から離れ一人住まいをした。

「新婚さんの邪魔をしたら悪いからね」

そう微笑みながら家を出る娘の姿がどこか寂しそうだった。俺はあのとき娘を引き留めておけばと...いやよそう...過ぎてしまったことを悔やんでも、大切なのはこれからだ。俺はポケットにあったGMSを手に取るとかけ慣れた番号をダイヤルした。

1回の呼び出し音で彼女が出た。受話器の向こうから聞こえてくる彼女の明るい声に、俺は真実を告げるべきかどうか迷った。しかし、いくら隠し立てをしたところでこのまますんでいく問題ではない。俺は一つ深呼吸をして、一つ一つ話をすることにした。そう、俺達に取って辛い現実を彼女に告げるために...

「キョウコ...」
 
 
 
 


たっち


 
第四話 彼女の事情
 
 
 
 
 

最近隣の空き地が騒がしい、しばらくの間放置されていたようだけど、ようやく持ち主が建物を建てる気になったようだ。家族で朝の食卓を囲みながらボクはその話を父さんにした。

「お隣だけど、誰か引っ越してくるの」

・・・返事がない。父さんは新聞をじっと睨んだままボクのことを無視しているようだ。まだ無理矢理引き戻したことを怒っているのだろうか。

「・・・父さん」

・・・やはり返事がない。仕方ない奥の手を使うか。ボクはぼそりと小さな声でつぶやいた。

「キール議長と愉快な仲間」

そのとたん父さんが返事をしてきた。

「なんだシンジ」

ネルフにいる頃のようにぶっきらぼうな語り口。でもボクは知っている、父さんの動揺を。ダメだよ父さん、新聞を持つ手が震えているよ。そんなにいやだったんだね、あの人たちしか残っていない補完世界は...

ボクとカヲル君は父さん達を引きずり戻す時に一つだけ細工をしたんだ。母さんと父さんをバラバラにして、先に帰ってきた母さんにはボクが泣き落としを掛けたんだ。そして父さんは補完世界に置き去りにした。そこに待っているのはゼーレの長老の皆さんだけ...ずいぶんと父さんはいやな思いをしたらしい。この世界に戻してあげた時号泣していたのが印象的だった。
 

「お隣だけど、誰か引っ越してくるの」

ボクはもう一度同じことを聞いた。

「加持君達だ」

さすが今度は答えが早いね、父さん。そうか加持さん達が帰ってくるのか...ボクは自分がにやけているのが分かった。またアスカと一緒にいられるんだ...良かった。

その時ボクの心を読んだようにカヲル君が声をかけてきた。それは良いけど隣に座っている娘は誰?

「良かったね、シンジ君...
 と言ってあげたいんだけど、霧島さんはどうするんだい」

瞬間ボクの顔から血の気が引いたのを自覚した。ボクは何とか気持ちを落ち着けるとカヲル君に返事をした...でも声は震えているようだった。

「や、やだな〜、カヲル君。
 霧島さんとは何でもないよ...」

カヲル君はボクの言葉を聞くとにっこり笑った。その笑い顔は...ボクにはやっぱり悪魔だ。

「分かったよシンジ君、でも二股は良くないよ」

カヲル君、その言葉はキミからだけは聞きたくなかった。それに間違えないで欲しい...二股じゃない4股だよ、レイも、山岸さんもボクのものだよ。2年、1年はこれからだからね。

委員長?彼女は手を出したらダメなんだ。彼女は大切な最終兵器なんだ。洞木さんがいないとトウジとアスカからボクの身を守るものが何もなくなってしまう。

「大丈夫あなたは私が護るもの」

「レイ、それは前にも聞いたよ」

レイはボクの言葉に少し詰まりながら言葉を続けた。

「アタシが死んでも代わりがいるから」

「それも前に聞いたよ」

・・・・・気まずい沈黙

「そう、よかったわね」

「良くないんだけど」

・・・・・さあ次は何を言ってくれるのかな。この場面では「先、行くから」かな。

「先、行くから」

やっぱり。レイ、キミはその言葉しか知らないのかい。

ボク達が馬鹿な話をしている横で母さんがあっちの世界へ旅立っていた。頬を染めて遠くを見ている姿...母さん、まさか母さんも加持さんが好みだったの...

「キョウコ...」

母さん、あなたって人は...
 

ボク達は逝ってしまった母さんと、それを涙している父さんをおいて家を出たんだ...
 
 

***
 
 

俺は建築途中の新居を眺めタバコをふかす。そしてあの時のことを思い出した、これで良かったのだろうかと。

俺はうかつにも最愛の妻が碇家の方を見つめて頬を上気させているのに気づかなかった。

シンジ君、俺は君に謝らなくてはいけない。俺はアスカを守り切れなかった。どういう顔をして君の前に現れればいいのだろう。

辛い事だがいつか俺は君に真実を告げなければいけないときが来るのだろう。その時君は、俺のことを許してくれるのだろうか。シンジ君...

俺は短くなったタバコを足元に落とし、爪先で火を揉み消した。ふと視線を上げたときキョウコの視線が俺にない事に気づいた。

「キョウコ」

キョウコは俺に気がつかないのか隣の碇家の方をずっと見つめていた。

「お前、まさか碇司令と...」

かつてのゲヒルンで公然となっていた噂...ツェッペリン博士は日本に想い人がいると...それが原因で亭主との間がうまく行かなくなったと。

その時、頬を上気させたキョウコの奇麗な唇から漏れ出てくる言葉が聞こえて来た。

「ユイ・・・」

俺は知らなくても良い真実をまた知ってしまったようだ...
 

***
 

ボク達が家の外に出たとき、偶然加持さんに出会った。ぼーっと家の方を見つめているキョウコさんとそれに涙している加持さん。何か3分前に見た光景に似ている...

ボクはとりあえず、るると涙している加持さんに声をかけた。

「おはようございます、加持さん...久しぶりですね」

「ああ、おはようシンジ君。元気にやっているようだね」

加持さんはまずいところを見られたな、と言う風体で頭を掻きながら返してくれた。

キョウコさんはやっぱりボク達に気がつかないようだった。ボクはその様子を見て加持さんにそっと聞いてみた。

「やっぱり家の母さんですか」

加持さんはちょっと意外な感じでボクを見つめ、声を潜めてこう言った。

「やっぱりと言うところを見ると、シンジ君のところもそうなのかい」

「ええ、あっちの世界に逝っちゃってます」

ボク達はお互いの顔を見合わせると深い溜息を吐いた。

「シンジ君、一度言ったことが有ったね。女性とは向こう岸の存在だと。
 俺はこの年になって今更ながらそれを実感している。
 やはりこちらの岸にいる存在に目を向けようかと...」

加持さんが情熱的な瞳でボクを見つめる...いけない加持さん...あなたはボクのお義父さんになる人だ...親子でこんなことは...

見つめ合うボク達の間を赤い壁が切り裂いた。

「カヲル君...」

ボクはカヲル君の方へ振り返った。

「シンジ君、いけないよ...こんな遊び人を相手にしちゃあ」

だからカヲル君...キミがそんなことを言っても説得力はないよ。今キミの隣にいる女の子は朝食の時にいた子と違うじゃないか...

「それはそれ、これはこれ」

カヲル君ボクの心が読めるの...

「それよりシンジ君、キミが加持さんと仲良くするとアスカちゃんが嫉妬するよ」

そうだった...アスカはボクが加持さんと仲良くしていると何故か嫉妬してきたんだ。ひょっとして加持さん...ミサトさんの時から女性は向こう岸とか言っていたけど、あのころからボクのことを...やけによくボクに話しかけてきたし...アスカにも冷たかった...そう言えばうちに泊まりに来た時も、やけにアスカを早く寝かせたね...

何故か背筋に冷たいものが走って行くのをボクは感じていた。

「シンジ君、それは誤解と言うものだよ」

加持さんは真剣な顔で否定してくれた。いつもは飄々としている加持さんにしては珍しくまじめな顔...こんな加持さんだったら安心できるのに...ちょっと待って、ボクは口に出して話していないよ...

「そのことはおいといて」

加持さん...

「日本に戻ってくる前、初めてキミの写真を見たときからだよ」

背中を滝の様に冷たい汗が流れ落ちた...それと同時にあまりに情けなくてボクはつい涙ぐんでしまった...

「なに泣いてるの...」

レイ?

「そう、嬉しいときにも涙が出るのね...」

「嬉しくないってば...」

「・・・ごめんなさい、こんな時どんな顔をすればいいか分からないの」

「わざとやっているだろう...」

「・・・ごめんなさい、こんな時どんな顔をすればいいか分からないの」

「あのね...」

「・・・ごめんなさい、こんな時どんな顔をすればいいか分からないの」

「もしもし...レイ」

「・・・どうして言ってくれないの
 お約束、それは絆だから」

「はいはい。じゃあ
 笑えばいいと思うよ」

レイはようやく次に進めるのが嬉しいのか、口の両側をつり上げて笑った

ニタリ

ダメだよレイ、そんなマニアックなネタは誰にも分からないよ...
 

***
 

ボクはアスカがいないことが気になったのでそのことを聞いてみた。

「加持さん、そう言えばアスカは来なかったんですか」

その瞬間加持さんの顔色が変わったのが見えた。

「アスカに何かあったんですか」

ボクは心配になった。

「いや、シンジ君、別に何でもないよ。
 アスカなら今、論文の追い込みで忙しくしてるよ」

おかしい、加持さん何か隠している。

「加持さん何か隠していませんか」

加持さんのこめかみに汗が一筋流れ落ちる。

「シンジ君」

加持さんがさっきにも増して真剣な顔をして見詰めてきた。

「はい」

「アスカのことを信じているかい」

「ええ、当たり前じゃないですか」

「今はそれでいい」

加持さんそれは台詞が違います。

「今、アスカは忙しいが、ドクターを取ったら日本に戻ってくると言っていたよ。
 多分高校に通いたいと言っていたから、試験もあるし春までには帰ってくるよ」

「加持さん、今は年中夏なんですけど」

「シンジ君!」

「はいっ」

「いいかい、シンジ君。年中夏だろうが、夏休みはあるだろう。それにクリスマスだって正月だって、ヴァレンタインデーもホワイトデーもある。地軸がずれたって七夕もある。いいかい、それでも地球は動いているんだ。細かいことを気にしちゃあいけない」

ボクは訳の分からない加持さんの迫力に圧倒されていた。

「そ、そうですね」

「そうだ、だからシンジ君。
 君にとって重要なことはアスカと一緒に高校生活を送れることと、
 急がないと授業に間に合わないことだ。
 わかったかい、シンジ君」

いけない確かに時間がない。いろいろと口を割らせたいこともあったけど、それは後にしよう...とりあえず学校に急ぐことにした。
 

***
 

「シンジ君。真実は君とともにある」

俺は走り去って行くシンジ君達を見送った。そして俺に向かって意味ありげな笑みを向ける渚カヲルが気になっていた。

「渚カヲル...捨て難いな」

そう俺はつぶやくと、逝ってしまった妻の横でタバコをふかしあの時のことを思い出した。
 

***
 

俺はGMSをポケットにしまうと再びベッドの上の肉塊を見た。キョウコはこれを見てなんて言うのだろうか。それよりも問題はシンジ君だ...何時までも隠し通せる話じゃない。それに娘の幸せを考えたらこのままにしておくわけにはいかない。

俺は気を取り直すとベッドの上の肉塊・・・いやアスカに声をかけた。

「しかし、アスカ...
 どうやったらたったの3ヶ月でここまで太れるんだ...」

俺の目の前には第八使徒戦で見たアスカの姿があった。ただし今回はプラグスーツを着ていなかったが...

「パパったら乙女のデリカシーが判らないのね...」

「アスカ...それは違うと思うぞ...」

俺はアスカの放った裏拳に意識が混濁していくの感じていた...
 
 
 

つづく
   


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NAG02410@nifty.ne.jp



中昭のコメント(感想として・・・)

  トータスさんの『たっち』第4話頂きました。

  うおおおおおー、とうとうアスカがぁ。
  登場したと言ってよろしいんでしょうか。



  はじめ、ベットの上の肉塊ってところですぷらったな連想をしてしまいました。
  良かった・・・生きてる。
  どわがしかし、D型装備かぁ。
  あの時は顔はそのままだったけど・・・生身でD型装備と言うことは顔も。
  アイタタタタタ

  4股中のシンジにダイエット中のアスカ。
  ゲンドウも愉快な仲間になってるし・・・まともなのはキール議長だけ?


  ますます驚天動地な展開のたっち
  次回は10萬HITです。




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