1対0で迎えた9回裏ツーアウト2,3塁、カウントツーエンドワン。ボクはプレートを外し3塁走者を睨み付ける。試合の山場に周りの観客も静まり返っている。ロージンを手につけ、セットポジションを取ったボクは、カヲル君の構えたど真ん中へ渾身の力を込めてストレートを投げ込んだ。

ボクの指を離れた球は白い軌跡を描いてカヲル君のミットへ小気味よい音を立てて吸い込まれていく。凍り付いたようにだれも動かない中、凍り付いた世界を解かす呪文のように審判のコールが高々と響く。

「ストゥライクッ、バッタァアウトゥ」

静まり返っていたスタンドは、そのコールを聞くと一斉にわき上がった。

「ゲームセット」

マウンドでガッツポーズをするボクの所にみんなが集まってきた。みんなの顔が喜びに輝いている、カヲル君が抱きついてきた。トウジも抱きついてきた、みんなが集まってきた、決勝まで後一つ。そうすれば全国だ!
 
 
 
 


たっち


 
第七話 彼女の事情 −3
 
 
 
 

「そうかアスカ君はドイツを出発したか。
 そうだ、警護の方はA+で頼む。
 それから我が家に通じる警備に関して彼女はすべてフリーパスにしろ。
 24時間いつでもだ」

俺は自分でも機嫌が良くなってきているのが分かる。いかんつい鼻歌が口を衝いて出てしまう。

こんな姿をレイに見られたら、渋い小父様のイメージが崩れてしまう...俺はいつものように口元の前で両腕を組んだ。

そうかアスカ君が来るのか...リツコ君が招待状を出したと聞いたときからこうなる日が来るのは分かっていた。しかしさすがはアスカ君だ、行動が早い。

シンジよ待っていろ、お前の暴虐の日々の終わりを告げる使者がもうすぐ来るのだ。使者がアスカ君というのはお前にはもったいないが、まあこれが父親からの餞別だと思ってくれ。ふふふ、これでアスカ君を味方に取り込めばシンジなど恐れるに足らん。アスカ君の尻に引かれたシンジを見ればレイもユイもキョウコもリツコもミサトもマヤも...はぁはぁマナちゃんもシンジに愛想を尽かすだろう。そうすれば後はこのナイスミドルの俺の出番だぁ!

「ぶわぁっはっはは」

いかん、嬉しさのあまりつい興奮してしまった。オペレータどもが変な顔をしてこちらを見ている。ここは決めの言葉を言わなければ。

「子供の駄々に付き合っている暇はない!」

なんだこの静寂は、ひょっとして外してしまったのか。なっなんだ冬月。どうしてお前までそんな目で俺を見る。いかんそれならば...

「冬月先生、後は頼みます」

俺は司令席を沈下させ、その場を逃れた。冬月が何か怒鳴っていた気がするが多分気のせいだろう。そうでなくてもぼけの進んだ冬月のことだ明日には忘れているだろう。

しかしシンジよ...これでお前も終わりだ!
 

その日のネルフには不気味な高笑いが一日中響いていたと言う...
 

***
 

夏休みを待ってボク達の地区大会は始まった。出来て間もないボク達の野球部だったが、なかなかの快進撃を行った。一回戦はなんと7対0で7回コールド勝ち。2回戦も12対0で5回コールド勝ち、3回戦も8対0で7回コールド。まさに破竹の勢いで勝ち進んだ。

今日はいよいよ宿敵(?)二中と戦う準々決勝だった。

キャプテンのトウジがじゃんけんで勝ちボク達は先攻を取った。先手必勝!それがトウジのモットーだった。それにこれまでも常に先手を取って相手をうち負かして来た。

審判のプレーボールのコールと共に第一球が投げ込まれた。一番バッターの田中君はピクリとも動かずその球を見送った。外角低めに決まったストレート。審判の手が高々と上がる。

「ストラィーク」

早いタイミングで二中のピッチャーが投球モーションに入る。小気味よい音を立ててストレートがキャッチャーミットに収まる。

「ストォラィーク ツゥ」

審判のコールが響きわたる。相手のピッチャーも調子が良さそうだ。今日は苦しい戦いになるかもしれない。ボクはカヲル君と肩慣らしをしながら今日の戦いに思いを馳せた。

「ボール」

胸元をえぐるストレートが田中君の体勢を起こす。定石なら次は外角に逃げるカーブ。ストライクは要らない。

その言葉の通りに相手の投げた球は、外角低めにコントロールされたカーブ。ボール二つ分外れているので振ったところでまともに当たるわけはない。それに田中君はその前の球で少し腰が引けている。案の定腰砕けの格好で振られたバットはむなしく中を切った。

「ストォライーク、バッタァーアウトォ」

やっぱり相手のピッチャーは調子がいいようだ。二番に入っている得川君も簡単にサードゴロに斬って取られた。三番はトウジ、バッターボックスに入って腰を振っている。一体誰の真似なんだろう...

スタンドからはトウジコールが沸き上がっている。ここまでの試合で4割の打率を誇る強打者だ。

「ストラィーク」

相手のピッチャーは軽快にストライクを投げ込んでくる。

「ストォラィーク ツゥ」

球も走っているようだ。トウジも簡単に追い込まれた、

「ボール」

定石通り胸元に鋭いシュートが投げ込まれる。トウジは少し体を反らしてその球を見送った。よしよし、ちゃんとトウジは分かっている。トウジは相手ピッチャーを睨み付けると少しホームベースに被さるように構えを取った。

二中のピッチャーの球が手元を離れまっすぐとトウジに向かって伸びてくる。
 

パッコーン
 

気持ちのいいような快音を残して、その球はトウジのヘルメットをはじき飛ばした。

「デッドボール」

審判は『大丈夫かね、キミ』という顔をしてのぞき込んだが、トウジは平然として1塁へ歩いて行った。途中でピッチャーに向かって中指を突き立てるポーズは忘れなかったが。大丈夫だよトウジ、借りはきっちりと返しておいてあげるからね。

4番はカヲル君、ここはカヲル君に期待を...と思った瞬間カヲル君は一塁側にセーフティーバント、しまったその手があったか。

カヲル君は相手ピッチャーと競争するように一塁ベースに駆け込むと、わざともつれるようにして相手ピッチャーと一緒に倒れ込んだ。カヲル君ったら綺麗な顔をしてやることは結構えげつない。カヲル君は何気なく立ち上がったが、相手ピッチャーは顔が上気している。一体カヲル君は何をしたんだろう。ただカヲル君は相手ピッチャーに手を貸しながら、

「今度こんなまねをしたら、次は得川君がするよ」

と告げたとき、相手の顔色が瞬間青くなったのには笑ったが。

カヲル君の報復により、この回は終了。まあ、これで相手の攻め方も変わってくるだろう。

カヲル君の準備が出来るまでボクは、ケンスケをキャッチャーにして投球練習をした。打撃の関係でカヲル君には敵わないがケンスケもいいキャッチャーだ。特に対戦相手の情報の収集、分析を一手に引き受けて、ボクの少ない球種での攻め方をみっちりとアドバイスしてくれる。ここまで、無失点で来たのもケンスケの貢献によるところが多い。

ボク達が野球を始めて一番変わったのはケンスケではないかと思う。野球をするようになってからは、軍事オタクな面はすっかり陰を潜め、野球に一途に取り組んでいる。趣味の女の子の盗撮もしなくなった。暇を見てはよその中学に足を運んで相手の研究をしている。トウジが

「よそのマネージャーを追っかけているんじゃないか」

と言って、一度ケンスケのメモを冗談で取り上げたことがあった。その時にケンスケのメモにびっしりと書かれた他校の選手の得手不得手にボク達は感動した物だ。

『やっぱりオタクだ』

と...

まあそんな何はなくてもケンスケメモのおかげで、ボクは一イニングを無難に投げきった。
 

***
 

試合は膠着したまま進んでいき、終盤の7回の表を迎えた。この回の先頭バッターのトウジの放った打球は、左寄りに守っていたセンターの右を抜ける長打となった。トウジはボク達の声援に後押しされるかのように必死に走り、3塁を陥れた。3塁打、このゲームではじめてチャンスらしいチャンス。ケンスケは何事かカヲル君に耳打ちすると3塁にいるトウジの方へと走っていた。

ピッチャーはトウジに警戒するように3塁に牽制を投げる。トウジもそれに併せて大げさに3塁に帰塁する。

第一球、ピッチャーの足が上がると同時にトウジがダッシュをした。ピッチャーはそれを見て、外角にピッチドアウトした。カヲル君はボールに飛びつくようにバットを差し出す。空振り!その瞬間誰もがスクイズの失敗を予測した。しかしトウジは猛然と本塁へと突入していた。

「セーフ」

ピッチドアウトした球を捕球したキャッチャーがタッチするよりも早く、トウジの手はホームベースをタッチしていた。ホームスチール...スクイズと見せかけて行った奇策はまんまと成功した。

「あのピッチャー、結構大きく外すんだよね」

歓声の中ガッツポーズをするトウジを背に、そのケンスケの言葉がこの作戦の成功を物語っていた。

その後カヲル君は簡単に討ち取られ、続く二人も凡退した。これであと2イニング押さえればボク達の勝ちだ。

7回の裏、8回の裏と危なげなく乗り切ったボクだったが、9回の裏になってピンチがやってきた。フォアボールとエラーでワンアウト満塁、ここに来て経験不足が出たのか内野の守備が固くなっている。

続くバッターが思いっきりスイングをしながらバッターボックスに入る。ミエミエだな。

ボクは3塁にしつこく牽制をした後、第一球を投げ込んだ。

「ストラィーク」

外角低め一杯にストレートを投げ込む。スクイズ警戒の時は早めにストライクを投げ込むに限る。次の投球をする前にボクはベンチに座ったケンスケをちらっと見る。するとケンスケは『次、来る』とボクにサインを返してきた。ボクは一球3塁に牽制を送ると、今までよりもクイックで投げ込んだ。投げ込むときのボクの目に3塁走者のスタートが目に入る。予想通り、ボクはバッターの届かない外角遠く離れたところにピッチドアウトした。

完全に作戦の裏をかかれた相手は三本間に挟まれ、トウジにタッチされてアウト。その間に走者がそれぞれ進塁してツーアウト2、3塁となった。後一人で勝利だ。バッターもツーナッシングと追い込んだ。

「ボール」

外角低めに投げ込んだ勝負球はわずかに外れた。ボクは緊張が高まってくるのを感じていた。ここは相手も緊張しているはずだと自分を励ました。そして軽く3塁走者を睨み付けるとカヲル君の構えたど真ん中に力一杯投げ込んだ。相手バッターはその球を惚けたように見送った。

一瞬の沈黙の後、審判から高らかなコール。

「ストゥライクッ、バッタァアウトゥ」

静まり返っていたスタンドは、そのコールを聞くと一斉にわき上がった。

「ゲームセット」

マウンドでガッツポーズをするボクの所にみんなが集まってきた。みんなの顔が喜びに輝いている、カヲル君が抱きついてきた。トウジも抱きついてきた、みんなが集まってきた。ホームベースに並び審判のゲームセットの声を聞くとボク達は再び抱き合った。その時、遠くで懐かしい声がボクを呼んでいるような気がした。

「シンジ〜」

ほらまるでアスカのような声だ。

「シンジ〜」

そんなにアスカに会いたいのかな、リツコさんに言われてから幻聴が聞こえるようになったようだ。

「シンジ〜」

だめだ、やっぱりボクはアスカに会いたいんだ。

そんなボクの肩をケンスケが叩いた。

「シンジ、あれ」

ケンスケの指さす方を見ると、レモンイエローのワンピースを着たアスカが走ってくるのが見えた、強い夏の日差しを受けて輝く金色の髪、海よりも深い青い色をしたその瞳、ピンクに輝くその瞳、そして最後にあったときより魅力を増したそのスタイル。ボクは両手を広げてアスカを迎え入れようとした、がその時。
 

ゾクリ!
 

何かがボクの背中を駆け抜けた。『逃げなくちゃダメだ』そんな考えがボクの頭の中を駆け抜けた。

ボクは瞬間アスカのことを避けてしまった。それが惨事の始まりだった。

ボクにかわされたアスカは、勢い余ってボクの後ろにいた藤堂タカフミ君に抱きついてしまった。その瞬間藤堂君からは『ゴキッ』と言うイヤな音と共につぶされたような悲鳴が漏れてきた、それに気がついたアスカが手をゆるめたときにはもう手遅れだった、嬉しそうな顔で屍となった藤堂君がそこに横たわっていた。

アスカは『何で逃げるの』と責める目でボクの方を見つめる。仕方ないじゃないかボクだって命が惜しいんだ。

「ア、アスカ...ちょっと力を抜いてくれるかな」

ボクの言葉にアスカは『いっけな〜い』とばかりに舌を出した。その表情があんまりにも可愛かったから今度はボクの方からアスカを抱きしめた。

ボクの腕の中にすっぽりと収まるアスカ。今ではボクの方が頭半分ぐらいアスカより背が高くなっていた。

「お帰りアスカ」

「ただいま、シンジ」

ボク達はじっとお互いの瞳を見つめ合った。後ろで倒れていた藤堂君は誰かが片づけてくれたようだ、みんな気を利かしていなくなってくれた。もう、ボクとアスカだけの世界...

「ねぇ、シンジ。アタシ綺麗になった」

「アスカは前から綺麗だよ。
 でも、今の方がもっと素敵かな」

今なら歯の浮くような台詞も堂々と言える。

「よかった、ねぇシンジ。
 アタシがいない間、寂しいからって浮気なんかしていないわよね」

「馬鹿だな、ボクが浮気何かするわけないだろう」

そうだよボクはいつでも本気なんだ。

「信じていいのね、シンジ...」

「ああ」

そう言ってボクはアスカを強く抱きしめた。その時アスカが『何、これ』と言ってボクの背中から何かをはがした。そう言えばさっきケンスケがボクの背中を頑張れと叩いていったような気が。ん、写真のようだ....げっ

そこには図書室の陰であられもない姿をしている山岸さんとボクの姿が映し出されていた。

「シ〜ン〜ジ〜」

地獄のそこから聞こえるようなアスカの声と共にボクの意識はブラックアウトした。
 

***
 

「知らない天井だ」

ボクが次に目を覚ましたとき、最初に見えたのは見たこともない白い天井だった。そして次に見えたのはベッドにもたれて眠っているアスカの姿だった。空調の機器がいいのか少し肌寒い、ボクは床に落ちているカーディガンをアスカの体に掛け直した。一体ボクはどうしたんだろう。アスカに強く抱きしめられた後の記憶がない。

ボクがベッドにもたれて眠っているアスカの髪をなでているうちに、アスカが目を覚ました。いつも綺麗なアスカの目が赤くなっているのが分かる。アスカはボクが分かると『ごめんなさい』と言って泣きながら抱きついてきた。ただ今度のボクを抱きしめるその力は優しかった。

アスカの話によるとボクはあの後三日間眠っていたそうだ。体の方は軽い脱臼レベルで済んだとのことだった。外れたところを元に戻したせいか今は痛みもない。

ボクはアスカの形のいい顎に手を添えると、そっと持ち上げ軽く触れるだけのキスをした。

「もういいんだよ。ボクはこの通り大丈夫だし。
 アスカには泣き顔は似合わないよ、ボクのためにも笑って欲しいな」

アスカはボクのその言葉に答えるようにぎこちなく微笑んでくれた。その微笑みがあまりにも可愛かったので、ボクは思わずアスカをベッドに押し倒した。

小一時間して身だしなみを整えたアスカに聞いて一つだけ分かったことがあった。それはこの3日間のせいでボク達の熱い夏が終わってしまったと言うことだった。
 
 

続く...だろう
 

予告(のようなもの)

阿鼻叫喚の地獄絵の中、2大年増の戦いが繰り広げられる。勝ち誇るリツコ対してミサトの取った手は。巻き添えを食う参列者達。最早残された男は冬月だけなのか、市会議員の高橋はどう動くか。それともここは意外性のキールロレンツか。残り物のの法則の支配するエヴァSS界の中、ミサトはどの残り物を手に入れるか。

次回 たっち番外編 リツコの結婚式にミサトは何を思うか

確からしさは「岡田ジャパン」の予選突破の可能性に比肩する
 


トータスさんのメールアドレスはここ
NAG02410@nifty.ne.jp



中昭のコメント(感想として・・・)

  トータスさんの『たっち』第7話頂きました。

  >強い夏の日差しを受けて輝く金色の髪、
  おおーー
  >海よりも深い青い色をしたその瞳、
  うぉおおお
  >ピンクに輝くその瞳、
  うぉおお・・・ピンクの瞳?
  >そして最後にあったときより魅力を増したそのスタイル。
  うぃいいいいおおおおおげほごほごほ

  >そうだよボクはいつでも本気なんだ。
  うーん成長しちゃって。

  >小一時間して身だしなみを整えたアスカに聞いて一つだけ分かったことがあった。
  何してタンですかぁーーー?

  >それはこの3日間のせいでボク達の熱い夏が終わってしまったと言うことだった。
  あ、野球してたんだっけ

  それにしても藤堂君・・・羨ましい


  今回の疑問
  アスカは浮気を許したの?



  絶好調のたっち
  次回は13萬HITです。




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