第二話 She felt his mind
「どう、調子は」
アスカとレイによって行われる起動試験の合間にミサトはリツコに声をかけた。
「予想外よ」
「何が」
「二人とも初号機を起動できるのよ」
何を今更と言った感じでミサトはリツコに問い返した。
「アスカは分かるにしても、レイは初号機を起動しているでしょ。
それがそんなにおかしいことなの」
リツコは分かっていないという顔をして言った。
「あなた、レイが一度初号機に拒絶されたのを知っているでしょ」
ミサトはリツコの言葉に合点が言った。
「ああ、そういえば」
リツコは続けた。
「はっきり言って起動なんかしないと思っていたわ。
それに今回の試験に限っていえば二人とも心理状態はあまり良くないの、
起動直後なんて最悪、暴走するんじゃないかと思ったわ。
それが起動から時間がたつにつれて安定してきてるのよ」
ミサトは起動しないと思ってシンジを見捨てたのかと思ったがとりあえず疑問のほうが勝ったのでリツコに続きを促した。
「どういうこと」
「初号機が二人の精神に干渉していると言うことね」
精神汚染?ふとその言葉がミサトの頭に浮かんだ。
「それって危険じゃない」
「今のところいい方に働いているわ」
ミサトは深く考えても分かりそうにないので当面の課題が解決したことをに目を向けることにした。
「いずれにしてもこれで初号機は運用できるわ、一つ問題をクリアと言うところね」
リツコにしても初号機が起動したことに安堵したのか、軽い口調でもう一つの事実を告げた。
「そうね。で、もう一つ予想外のことがあるの」
ミサトは「この上何?」と言った顔をした。
「アスカの方がシンクロ率が10ポイント以上高いのよ」
ミサトはいつものことではないかと思い素っ気なく返した。
「それがどうかしたの?いつもアスカの方がシンクロ率が高いじゃない」
リツコは本当に分かってないなという顔をして続けた。
「それは弐号機の場合でしょ。今回は初号機よ。
レイの方がシンジ君のパーソナルパターンに近いのにアスカの方がシンクロ率が良くなっているの。
不思議じゃない」
ミサトはその意味に気づきニヤリと笑った。
「へぇ〜シンちゃんってアスカの方が好みだったんだ。てっきりレイが本命だと思っていたのに」
「そんな非科学的な...って この場合ミサトのいうことが当たっているかもね」
ミサトとリツコはお互いの顔を見合わせて笑いあった。無理して居ることが分かる少し引きつった笑いではあったが、このまま落ち込んでいてはとても耐えきれないことをお互い分かっていた。
「まあ、今の結果からいうと使徒が来たらアスカが出ることになるわね。
私は発令所に戻るから後はよろしくね」
ミサトはそういうと実験場を出ていった。後に残されたリツコはぽつりとつぶやいた。
「嫁姑の関係もアスカの方がいいようね」
自分の起動試験が終わり暇になったアスカは加持の居室を訪ねていた。
「加持さん...ちょっといい?」
「ん、アスカか。どうしたんだい今日はおとなしいね」
アスカは不満気にちょっと頬を膨らませて言った。
「それ、どういう意味?」
「ごめんごめん。で、何の用だい。今日は初号機の起動試験だろ」
「私の分はもう終わったわよ。それで、そのことなの」
「どうしたんだい、ちゃんと起動したんだろ」
加持は碇指令の話からアスカがシンクロするであろうことを知っていたのでそのこと自体驚きはしなかった。しかしアスカは自分がシンクロできるとは思っていなかった。
「そうなのよ、それが驚きなのよ」
「そうかい?で、どうだった初号機に乗ってみて」
「最初は怖かったわ、シンジのことを聞いているから。
でもね、乗っているうちに怖いという気持ちがなくなっていったの。
替わりになんか落ち着いていけたの、弐号機とは違うんだけど」
加持はアスカの言葉に興味を覚えた。
「どう、違うんだい」
「なんて言うのかなー、そう、優しく弐号機が見守られているという感じなら、
初号機は力強く包まれているという感じかな。とっても気持ちいいの」
「シンジ君に抱かれているみたいにかい」
アスカは顔を真っ赤にして加持に抗議した。
「なっ、何で私が馬鹿シンジに抱かれなくちゃいけないのよ。
大体どうしてそこでシンジの名前が出てくるの。私が好きなのは加持だけなんだから」
「そりゃー光栄だなー」
「あっ、加持さん本気にしていないわね。ひっどーい」
「ごめんごめん。で、アスカの用件はそんなことなのかい」
「ふんっ」と鼻息が聞こえそうな勢いでアスカは加持に詰め寄った。
「もー...本当はね、加持さんに聞きたいことがあったの」
「なんだい」
「エヴァってなんなの」
「こりゃ驚いた。どうしてそんなことを俺に聞くんだい」
加持は心底「意外だ」と言う顔をした。
「加持さんなら何か知っていると思って。
今だって私が初号機とシンクロしたことに驚いていなかったでしょ。
だから私の知らないことを何か知っていると思って...」
加持は少し迂闊だったかと思ったが、そのことを顔には出さず答えた。
「俺はりっちゃんじゃないから詳しいことは知らないよ。ただ...」
「ただ...?」
「アスカの疑問のヒントにはなるかもしれないな。
エヴァは南極で見つけた使徒のコピーという話だ。
そして初号機には人の魂が込められているらしい」
「人の魂?」
「ああ、人の魂だ。アスカは初号機に乗って感じなかったかい?
シンジ君を...」
アスカは俯いた。
「そう、やっぱりシンジだったの。で、でもシンジが取り込まれる前はどうだったの。
まだ他に誰かの魂が込められているの」
加持は言うべきか迷ったが、隠してもしょうがないことなのでアスカに教えることにした。
「碇ユイ。シンジ君のお母さんだ」
アスカは寂しそうにぽつりとつぶやいた。
「そう、シンジはお母さんと一緒なんだ...アイツには幸せなのかもね」
「初号機のことは分かったわ、じゃあ、零号機は?弐号機はどうなの?」
加持は思った。まだ弐号機のことは教える時期ではないし零号機は最高機密だ。今知らせてもアスカのためにならないと。
「すまん、それは俺にも分からない。でも弐号機はアスカの方が分かるんじゃないかな。
だっていつも乗っているんだろ。何かを感じないかい」
「わかんないわ、ただ暖かい感じだけ感じるの」
「そうか、分からないか...」
加持は無理もないと思った。少女にとって母親のぬくもりなどとうの昔に忘れてしまったことなのだから。加持はそんなアスカを不憫に思い思わず抱きしめた。
アスカは突然のことに一瞬身を固くしたが、暖かい加持の感触にすぐに体の力を抜くと加持に身を預けた。心が落ち着く気がした。
「どうしたの、加持さん」
加持は自分の行動にとまどったのか、すぐに身を離すとアスカに謝った。しかし本当の理由は言うことはできない。曖昧な言葉しか言うことはできなかった。
「すまん、つい」
アスカは加持が離れたことに名残惜しそうに言った。
「いいのよ、うれしかったから。いつもしてくれるといいのに...
でも今度は女として抱きしめてね」
そういうとアスカはクルリと身を翻すと羽のように身軽に加持の部屋を出ていった。残された加持はぽつりとつぶやいた。
「お見通しか...」
綾波レイは初号機のエントリープラグの中でとまどっていた。
『私を受け入れてくれるの?』
『碇君を感じる』
『そこに居てくれるの?』
『碇君...』
レイは自分の心が落ち着き、満たされていくことを感じた。
「レイ、調子はどう」
突然、赤城リツコからの通信が入った。実験をしているのだから当然のことなのに、何故かレイはリツコに声をかけられたことで自分の心がざわめくのを感じた。何故かじゃまされた気がして不快を感じている自分に驚いた。
『これが感情?不快という気持ち、邪魔されたくないの?』
しかし口から出る言葉はいつもの通り感情のこもらないものだった。
「問題ありません」
赤城リツコは実験の終了を告げた。
「ご苦労様、レイ。もう上がっていいわよ」
「はい、赤城博士」
電荷が解かれたLCLの中、レイは肺に残っていた空気を小さく吐き心の中でつぶやいた。
『ここに居るのね...』
実験が終わり、葛城ミサトは赤城リツコと向かい合った。リツコは実験の結果をミサトに教えた。
「やはりアスカの方がシンクロ率、ハーモニクスともにいいわね」
「そう、アスカ復調と言ったところかしら」
「で、どうするの初号機のパイロットは」
「結果からいくとアスカがメインでいいんじゃないの。まっ、状況に応じて臨機応変に考えるわ」
「そうね。じゃ、零号機の修復を優先させるわよ、いいわね」
「ええ、いくら動くからと言って、初号機一機じゃ不安だから、お願いするわ」
「打てる手は打っておかないとね」
「そうよ絶対に負けるわけにはいかないの。私たちにはもう後がないのよ...
そうじゃないとシンジ君に顔向けできないわ」
「ところでシンジ君のお葬式はどうするの」
「...あげないわ。だって...まだ望みがあるんだもの」
「そう...学校はどうする?」
「...ネルフの都合で欠席扱いにしておくわ」
「辛いわね...」
ミサトは涙を浮かべてリツコにすがりついた。
「リツコ...あなただけが頼りなの。お願いシンジ君を助けて...」
リツコはミサトの肩を抱いた。
「分かったわミサト」
リツコは思った。ゲンドウはむしろ今の状況を好都合と考えていないだろうか。シンジ以外を拒絶した初号機が再びレイを受け入れたのだから。もしそうならシンジのサルベージの許可は下りないだろう。たとえ許可が下りたとしてもシンジの溶けたLCLは大丈夫だろうか。もはやサルベージすら行えないのではないか。リツコはこのことをミサトにうち明けることはできなかった。
初号機とのシンクロテストも一段落し、アスカとレイは久しぶりに学校に行くことになった。アスカにとって14歳の年相応の自分に戻る時間、ドイツにいた頃には得られなかった安らぎの時間、しかしそれも今は心を重くするものだった。
マンションをいつもよりは早い時間にでたアスカはゆっくりと学校への道を歩いていた。ふと前を見るとよく知った少女が交差点から現れるのが見えた。
『ヒカリ...』
いつもなら、駆け寄ってたわいもない話に花を咲かせるところだが、今日のアスカはとてもそんな気分になれなかった。声をかけようかどうか迷っているアスカにヒカリが気がつき、声をかけた。
「アスカおはよう」
「あっ、おはようヒカリ」
「どうしたのアスカ元気ないわね」
「そ、そう?そんなことないわよ」
「なら、いいんだけど」
「ねぇ、ヒカリ」
「何?アスカ」
「鈴原のところ、毎日お見舞いに行ってるの?」
瞬間に真っ赤になるヒカリ。
「あっあれは委員長として、公務で...その...」
「分かってるわよヒカリ、鈴原のことごめんね」
「どうしてアスカが謝るの。あれは事故なんでしょ?アスカが悪い訳じゃないわ。
それよりアスカたちは大丈夫なの」
「えっええ、大丈夫よ」
「そういえば碇君の顔が見えないけど、どうしたの」
一瞬アスカの顔が曇った。しかしヒカリはそれに気がつかなかった。
「あっ、シンジはネルフに泊まり込みで実験しているの。
あいつ鈍くさいから実験することがたくさんあって...」
「へぇー、そうなんだ...ひょっとして、アスカの元気のないのもそれが原因?」
アスカは一瞬答えに詰まった。確かに今の自分の精神状態にはシンジの一件が大きく影響している。だがそれをヒカリに話すことはできない。
「そう..かもね...」
シンジとアスカを取り巻く状況を知らないヒカリはシンジのことを気にしていることを素直に認めたアスカに驚いた。
「へぇ〜、アスカが碇君のことをね〜」
アスカはヒカリの言っている意図を理解した。鈴原のことに対するお返しなのだろう。いつもなら顔を赤くして否定するところだったが今日のアスカは違っていた。
「ヒカリの言いたいことは分かるけど、そんなんじゃないわよ」
ヒカリはアスカの表情がさらに暗くなっていることに気がつき、これ以上の質問をしないことにした。
「そうなの...」
そのまま二人は押し黙ったまま歩いていった。
教室に入ってしばらくすると登校してきた相田ケンスケがアスカを見つけて声をかけてきた。彼にとっては電話で恨み言を言ったシンジが気になるが、登校していないのでアスカと話をするしかなかったからだ。
「おはよう、惣流。元気そうだね」
「どこがよ」
「いや、弐号機、あんなになっただろ、だから心配していたんだよ」
「ご心配いただきましてありがとう」
だんだんアスカの言葉がきつくなってくる。
「なんか、けんがあるな。ところでシンジはどうしたの、一緒じゃないのか」
「何でアタシに聞くのよ」
「いや、いつも一緒にいるだろう」
「...シンジならしばらくネルフに籠もって出てこないわよ」
「そうなのか...」
アスカはケンスケの様子がいつもと違っているのに気がついた。何かそわそわしているような落ち着かない様子だった。
「シンジになんか用?」
「いや、この前電話でシンジに悪いこと言っちゃったんで謝りたかったんだけど...
アイツいつ頃でてくんの?」
「わかんない、当分だめだと思うけど」
「じゃあさ、惣流、悪いけどシンジにボクが謝っていたこと伝えておいてくれないかな」
「分かったわよ...」
ケンスケもアスカがいつもと雰囲気が違うのに気がついた。初めはシンジがいないことが原因かと思ったが、それにしても暗すぎる。アスカに聞くのもためらわれたので、矛先をヒカリに変えた。
「委員長、なんかあったの?」
「私にもわかんないの。朝からずっとああなのよ」
ケンスケは家に帰ったら、父親の端末を覗いてみようと考えた。
その日は綾波レイも学校に来たが、誰もシンジのことを聞きに行こうとはしなかった。たとえ聞かれても彼女は何も答えなかっただろうが。
そうして一日は何事もなく過ぎていった。
トータスさんのメールアドレスはここ
tortoise@kw.NetLaputa.or.jp
中昭のコメント(感想として・・・)
「嫁姑の関係もアスカの方がいいようね」
確かにアスカには、ミニみさとみたいな面がありますね。
しっかし、嫁姑で仲良く”プッハァー”とやられたら、夫(シンジ君?)の立場がないかな。
さて、アスカとレイはカレの残滓を見つけました。けれど、サルベージ計画は実行される可能性がありません。
一体どうなっていくのでしょうか。
次回:ゼットン登場(ウルトラセブンの天敵はバードンでしたっけ?)
みなさんも、是非トータスさんに感想を書いて下さい。
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