第三話 We won! but we lost!


Who Loves Her....




それは突然に現れた。

モニタを眺めていたオペレータから次々と報告が入る。

「使徒を映像で確認、最大望遠です」

「衛星軌道から動きません」

「ここからは一定の距離を保っています」

ミサトは独り言をつぶやきながら伝えられた状況を分析していた。

「てことは降下接近の機会をうかがっているのか、その必要もなくここを破壊できるのか」

あたりを見渡してみる...答えなどあるわけがない。

「どの道目標がこちらの射程距離内に近づいてくれないとどうにもならないわね...
 エヴァには衛星軌道の敵は迎撃できないもの」

黙ってみているわけにはいかない...使徒を見つけた以上、ネルフは動かなくてはいけないのだ。

「アスカ出て!超長距離射撃を行うわ」

リツコは拡大スクリーンを眺めながらぽつりと言った。

「零号機、間に合わなかったわね」

ミサトがそれに答えた。

「悔しいけど、碇指令の判断が正しかったと言うわけね」




アスカは初号機で射出されると、射出されたロングレンジライフルをとり使徒に向けて狙いを付けた。だが使徒は射程距離内に入ってこず、ただ時間だけが過ぎていった。厚く張った雲からはしとしとと雨が降り初号機を濡らしていく、初号機を叩く雨を感じながらアスカは神経がとぎすまされていくのを感じていた。

「アスカ、いい、後はないのよ...」

アスカはトリガに指をかけ、スコープをじっと見つめつぶやいた。

「もうさっさとこっちへ来なさいよね、じれったいわね」

いつしか機体に当たる雨は気にならなくなっていた。

「....」

スコープの照準が一致した瞬間アスカはトリガを引こうとした、その時

「!」

アスカがトリガを引くのよりも早く、使徒が発光し、その光が初号機を照らし出した。雲間から差し込むその光は神々しかったが、それは神の祝福とは程遠いものであった。使徒の発した光を浴びたアスカ、初号機はいきなり苦しみだした。

「いやぁ〜!」

トリガが反射的に引かれた。しかし苦しみの中で打ち出された玉は目標から大きく外れていった、支えを失ったライフルから打ち出される玉はただ市街地を破壊していくだけだった。

発令所では喧噪の中、報告がされていった。もはやその声は悲鳴のようだった。

「陽電子消滅、ライフル残弾ゼロです」

「パイロットの心理グラフ乱れています。精神汚染が始まっています」

「目標の攻撃、可視波長ですが性質はATフィールドに類似しています」

使徒から発せられる光を分析しながらリツコはつぶやいた。

「まるでアスカの精神波長を探ろうとしているみたい。
 まさか使徒は人の心を知ろうとしているの」

そうしているうちにもパイロットの悲鳴が発令所の中を響いてくる。

「いやー」

「私の中に入ってこないで」

「私の心を覗かないで」

ますます心理グラフの乱れが大きくなっていく。ミサトはアスカが危険だと判断し後退を命じた。

「アスカ後退して」

アスカはプライドが邪魔をし後退を受け入れられなかった。

「だめ、もう後がないのよ」

忙しく動き回る発令所の中でリツコはマヤに対して指示を出した。

「LCLの精神防壁は」

だがマヤからは絶望的な答えしか返ってこなかった。

「だめです。効果ありません」

このまま打つ手がないかと全員が見つめる中、突然初号機が停止した。

「初号機活動停止」

突然司令席からゲンドウの指示が飛んだ。

「至急、初号機回収の上、パイロット交代。
 レイ!セントラルドグマに降りて槍を使え」

ゲンドウからの指示はミサトを驚かせた。

「指令、エヴァとアダムの接触はサードインパクトを起こします」

だが、ゲンドウは何も答えなかった。耳元で冬月副指令が何か耳打ちをしていた。

ミサトはそんなゲンドウをにらみつけると心の中で思った。

『そう、全てが欺瞞なのね。アダムと接触したくらいではサードインパクトは起こらないのね。
 じゃあサードインパクトの原因は何?』

そのとき、初号機の状態をモニタしていたマコトが大声を上げた。

「初号機再起動!」

ミサトは思わず叫んだ。

「何ですって、パイロットの状態は?」

データを見ていたマヤから泣いているような声で報告が上がった。

「シンクロ率上昇中...止まりません!」

「映像、音声モニタは?」

「だめです。つながりません」

「アスカ...」

ミサトにはただ見つめることしかできない自分の無力さを感じていた。




アスカは光とともに自分の心の中に何かが押し入ってくるのを感じた。
そのたとえようもないおぞましさにパニックに陥った。
逃げても逃げても逃げられない、隠しても隠しても引きずり出される。
自分の意志に関わりなく自分の心に進入し暴かれる。
頭の中をはい回るおぞましい感覚。
自分の心を汚されていく感覚にこれ以上精神の安定を保てない。
アスカの心がこれ以上の陵辱に耐え切れずまさに壊れようとしたとき、
急に『それ』はいなくなり、見たこともない景色がアスカの心に流れ込んで来た。

『何よこれ?』

アスカの心に流れ込んでくる景色は次第に人の記憶の形を取った。フラッシュバックのように流れる記憶...

母親の父を含んでいる子供
母親に手を引かれて散歩している公園

『誰、この人、ファーストに似ている...』

知らない大人たち、エントリープラグに乗り込む女性
ガラスにへばりつき泣く子供
父親に見捨てられ泣いている子供

『シンジなの?』

冷ややかな家庭、誰とも話をしない学校
雨の中連れて行かれる警察
父親から逃げ出した墓地

このとき、アスカは自分の心に押し入ってくる不快な感触が消えていることに気がついた。同時にシンジの深い悲しみを感じた。

アスカの心に流れ込んでくるシンジの記憶は続いた。

第三使徒、高所から見つめる父親の顔
目が覚めたときに見る病院の天井

自分を殴る鈴原の顔
第四使徒に腹を刺される痛み
第五使徒に胸を焼かれる苦しみ

ミサトに家族と言われて感じた喜び
エントリープラグの中で見た綾波レイの笑顔
プラグスーツに着替えているアスカ
二人でしたユニゾン特訓

何故シンジの記憶が見えるかと言うことは気にならなかった。状況から考えて使徒の精神攻撃をシンジがアスカの替わりに受けているのだが。

お弁当で怒鳴りあうアスカとシンジ
チェロをほめてくれるアスカ
口づけをしたアスカ
バスタオル姿で文句を言ってるアスカ
お弁当を食べているアスカ
居間で寝ころんでいるアスカ

シンジの心にあるアスカの姿を見て頬が熱くなるのを感じた。自分のことを見るシンジの心が流れ込んできたから。

使徒に飲み込まれ、暗闇でふるえるシンジ
鈴原の乗ったエヴァを破壊するのを必死に止めようとするシンジ
エントリープラグを握りつぶす初号機と血塗れになって助け出される鈴原の姿
シェルターに落ちてきた弐号機の首
両手、首のなくなった弐号機の姿
使徒に特攻し爆炎の中に消える零号機
電源が切れて何もできなくなった絶望

アスカはシンジの深い悲しみを共有した。

自分と同じように傷つき、自分とは違い内に籠もるしかなかった悲しい生活。
誰にも必要とされていると感じられない深い孤独感。
たった一人の肉親からの冷たい仕打ち。
今まで望んでも得られなかったものを手に入れた喜び。
そしてそれを失うことによる、より深い悲しみ。

心の慟哭。

アスカはいつしか自分が涙を流しているのに気がついた。

「シンジ...
 アタシたち...一緒なのね。
 だからアンタのことが我慢できなかったのね
 でも、もういいのよ
 全部アタシが受け止めてあげるから...」

アスカがシンジを受け入れたときアスカの心に響く声があった。

『....ルカラ』

『....スカヲマモルカラ』

『ボクガアスカヲマモルカラ』

アスカは自分に流れ込んでくるシンジの意志を感じた。
そして同時に自分の心がシンジに対して開かれていくのを感じていた。
アスカは考えた
「そうだ、こいつはいつも知らないうちに私の心を開いていくのだ」と...

それは不快な感覚ではなく、むしろ心地よく快感を呼び起こすものだった。
いつしかアスカの体を捕らえた快感は、アスカの自我とともに体を溶かそうとしていた。
アスカは自分の体が溶けていく感覚により強い快感を覚えた。
アスカの顔に浮かぶ表情は恍惚...
初めて経験する快感、アスカは逃れることができなかった...
いや自分からその世界に没入していこうとしていた。
深く深く...

その時アスカの心に響いてくる声があった。

『ダメヨ...』

急にアスカを捕らえていた快感がしぼんでいく気がした。
「誰よ、こいつ。どうして邪魔するの。私たちは一つになるのに...」
アスカは心からそう思い、割り込んできた思念に敵意さえ抱いた。

『あなたたちにはすべきことがまだ残っている!』

「誰?」とアスカは思ったが、同時にそれを知った。

「碇ユイ!」

親に隠れて情事をしているところを見つかったように、恥ずかしさを感じた。しかし、ユイの思念はそんな事にお構いなく行動を促した。

『今、すべきことをなしなさい』

アスカは今、使徒と戦っていたことを思い出した。

「どうすればいいの?」

シンジからの思念が伝わってきた。

『今から武器をあげるからそれを使徒へ投げるんだ。
 そうすれば全てが終わるから...
 そうすれば使徒は倒せるから』

その声とともに初号機の手が一瞬光に包まれ、その光の中から一本の槍が現れた。槍が現れた驚きにアスカはシンジから伝わってくる悲しみに気づかなかった。




その頃発令所はパニックに陥っていた。停止していた初号機が再起動しただけではなく、パイロットとのシンクロ率の上昇が止まらないからだ。オペレータからの報告が悲鳴のように響いた。

「シンクロ率200%を突破。まだ上昇を続けます」

目の前に突きつけられた事実にミサトは愕然とするしかなかった。

「また、私たちは失ってしまうの...」

リツコもただ見ていることしかできない自分に臍をかんでいた。その時マヤから報告が入った。

「シンクロ率上昇停止...いえ、緩やかに下降中」

発令所の中は安堵に包まれた。これでまたパイロットを失う事態は避けられそうだと。

「シンクロ率100%で安定しました」

「アスカとの通信は?」

「ダメです回復しません...
 ちょっと待って下さい...初号機に高エネルギー反応出現!」

そのとき初号機の手に光と共に槍が現れた。発令所にいた全員はただ呆然として見つめることしかできなかった。それを破ったのは指令席からあがった声だった。

「ロンギヌスの槍...そんな馬鹿な」

初めてみる碇ゲンドウのうろたえた姿に発令所にいたものは自分の目を疑った。

「あれがロンギヌスの槍...」

ミサトはつぶやいた。




「シンジ、これを投げればいいのね...」

アスカはそういうと槍を構え助走をつけて使徒へと投擲した...

投擲を終えた初号機はその活動を静かに停止した。

二股に別れていた槍の穂先は投擲の時には互いに絡みあい一つになっていた。そして雲を消し去り使徒へと飛んでいくとなにごともないかのようにATフィールドを貫くと使徒とともに消滅した。

「目標、消滅」

モニターを覗いていた青葉からの報告により発令所は安堵に包まれた。冬月は槍の状況の報告を求めた。

「や、槍はどうなった」

「槍の反応認められません。光学観測、レーダともに何の反応もありません。
 使徒とともに消滅したとしか考えられません」

「どういうことだ」

冬月の疑問にだれも答えを持ち合わせていなかった。




回復した無線から使徒殲滅の知らせを聞いたアスカは今まで身近に感じていたシンジの気配がなくなったことを気がつきシンジに呼びかけた。

「ねぇ、シンジどうしたの使徒をやっつけたのよ、シンジのおかげよ。
 どうしたのシンジ答えてよ。ねぇ...」

「どうしたの、動いてよ...」

もはや初号機はぴくりとも反応しなくなっていた。

アスカは繰り返しシンジの名前を叫び続けた。

「シンジ、シンジ、シンジ〜」




モニターからは狂ったようにシンジの名前を呼び続けるアスカの声が聞こえてきた。

「アスカ!いったい何があったの?シンジ君がどうしたの?」

ミサトの問いかけにもアスカはただシンジの名前を繰り返し呼ぶだけだった。

「日向君、初号機の状態は?」

「完全に停止しています...えっ?」

「どうしたの」

「いえ、一瞬初号機内部からエネルギー反応が検出されたんですが...すぐに消滅しました」

「いったい何が起きてるの...」

「すぐに初号機を回収して」




初号機にエネルギー反応が確認されたとき、アスカは自分の背後に何かが現れる気配を感じた。閉鎖された空間のエントリープラグに何かが進入するはずはない。アスカの中にある予感が芽生えシートからアスカは背後に振り返った。そしてそれを見つけた。

「シンジ...」

アスカの顔が喜びに瞬間輝きを取り戻し、すぐに背後に倒れているシンジのもとに駆けつけた。

「シンジ帰ってきてくれたの...
 ママが返してくれたの?」

そういってアスカはシンジをその胸に抱き留めた。しかしシンジには何の反応も現れなかった。アスカはシンジの様子がおかしいのに気がついた。

「ねぇ、シンジ。どうしたの?目をあけてよ...ねぇ...」

アスカの呼びかけにもシンジは死んだようにピクリとも動かなかった。アスカはただシンジの名前を呼び続けることしかできなかった。





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中昭のコメント(感想として・・・)

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・上手いな。


  羨ましさが先に立ってなにも言うことありません。おいらも、こんだけ書き込めればなぁー。



  アスカの代わりに精神攻撃を受けたシンジ。おそらく誰よりもシンジの事を理解したアスカ。 
  もう準備はOK(何の?)。『ふー一人つっこみは悲しい』
  なのに眠り続けるシンジ。

  消えた槍と地下にまだある槍との関連は・・・
  今回出番のなかったレイちゃんは・・・
  次回はいったいどうなるのでしょう。





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