第五話 Tears


Who Loves Her....


 
 

ネルフ付属病院特別病棟303号室、ここには碇シンジが収容されている。ここには毎日二人の少女が訪れていた...そうあの日までは...

「やっぱりおかしい...」

アスカは思った...やはりあの日からレイが変わったと。はじめは事故による記憶の混乱かと思っていた...しかしレイ自身は普通に振る舞っている...変わったところと言えば、ただシンジの病室には来なくなったこと、ただそれだけ。しかしそれは病室でレイとの時間を共有していたアスカにとっては信じられないことだった。アスカはあの日レイに感じた違和感を思い出した。自分の想像のつかない何かが起こっているのではないか...その考えにアスカは身を震わせた。

「リツコは何かを隠している...
 加持さんはどこにもいない...ミサトは知りもしない...
 レイっていったいなんなの...」

アスカはただ眠り続けるシンジに視線を移した。

「シンジ...あたしどうすればいいの...
 恐いのよ...
 一人は恐いのよ...お願い目を覚まして...」

アスカの声は小さくつぶやくようだった。アスカは椅子をベッドの側に引き寄せるといつものようにただじっとシンジの姿を見詰めていた。二人の間にただ時間だけが経過していった...
 
 


 
 

「碇...ゼーレからレイを喚問したいと言ってきているぞ」

ゲンドウはさもつまらないことかのように冬月に言った。

「老人達には別のものを差し出してある...問題ない」

別のものに思い当たった冬月は、もう見切りをつけたのかとゲンドウに聞いた。

「いいのか、碇
 彼女を失うことになるぞ」

「レイを失うよりはましだ...
 もはや計画は完了しようとしている...
 彼女の役目はない...あとは最後の使徒を倒すのみ」

「そうか...ならばもう何も言わん」

二人の間に再び沈黙が訪れた。
 
 


 
 

9体のモノリスの浮かぶ中赤木リツコはいた。その身を隠すものは何もない姿で...毅然とした態度でリツコはいた。

「赤木博士...教えてくれんかね
 ファーストチルドレンとはなんなのかね」

「セカンド、サードと同様ただの子供です。ただエヴァとシンクロできるだけです」

「ならば、あの爆発から助かったことをどう説明する」

「私にはすべての幸運が重なった結果としか申し上げられません」

「あの場面で彼女が助かる確立など0に等しかったはずだ」

「でも0ではありませんでした
 私たちはそのような場面を幾度となく乗り越えてきましたから」

「ふん、詭弁を...
 何故碇に義理立てする...
 我々はこれ以上君に恥辱を与えたくないのだがな」

「恥辱?私は何の恥辱も感じていません」

「気丈な女だな...碇が側に置きたがるわけだ」

「だが、君を差し出したのは碇だ...
 我々はファーストチルドレンの査問を要求したのだよ」

「君は碇に捨てられたのだよ」

リツコは自分はレイの身代わりなのかと考えた。なるほどそれなら説明がつく...確かに計画の発動が近い...そして気づいた、自分はもう必要ないんだと。それともこれが彼の役に立つ最後の機会なのかもしれない...そうリツコは考えた。

短い査問が終わり、予想に反してすぐにリツコは開放された、そこにどんな意図があったのかは伺い知れなかったが。  
 
 


 
 
 

アスカは加持の部屋の前に来ていた。こうなるともう加持しか頼る人はいない...加持なら何か解るはずだ...そうアスカは考えていた。いつものように加持の部屋をノックした、しかしそこからはなんの返事もなかった。アスカはまたいないのかと思い、加持にメモを残そうとドアの下を覗き込んだ。そして見つけてしまった...荒らされるままに荒らされた部屋を。

「加持さんどうしたのよ...」

加持とはもう二度と逢えないのではないか...その予感にアスカは震えた。

「加持さん...」

アスカの呟きは虚空に消えていった。  
 
 


 
 
 

いつもの通りシンジの付き添いを終えたアスカはミサトのマンションに帰ってきた。ミサトはここのところ帰ってきていない。アスカはミサトが何をしようとしているのかが判らなかった。いつもの通り用意した食事に箸をつけるとアスカは一人小さくつぶやいた。

「おいしくない...」

アスカが日本に来たときには3人で食卓を囲んでいた。まやかしの家族だと思っていたがそこで食べる食事はおいしかった。今こうして一人でいると失ったものの大切さが良く分かる。気心の知れた同居人、友人。アスカは今まで一人で生きていけると考えていた。そしてドイツではそう実践してきた。しかし、人とのふれあいを知ってしまった今、一人で生きていくことはアスカには辛すぎた。

「ヒカリ...シンジ...寂しいよ...」

アスカは一人小さくつぶやいた。

粗末な食事も終わり流されるまま片付けを行い、シャワーを浴び、床に就こうとしたアスカを電話のベルが現実に引き戻した...

「使徒なの?」

心地よい緊張感を身に纏いアスカは電話をとった。この際この寂しさを紛らわせてくれるものなら何でも良かった。しかし受話器から聞こえてきたのは思いも寄らないリツコの言葉だった。

「アスカ、いろいろ探っていたようね
 あなたの疑問に答えてあげる...
 あなたのガードは解いてあるから今から本部にいらっしゃい...」

なぜリツコが自分に秘密を話す気になったのかをいぶかしく思ったアスカだったが、リツコの誘いに乗ることにした。アスカ自身何かの答えが見つかるかもしれないと考えたから。アスカは簡単に身支度を整えると急いでネルフ本部へと向かった。  
 
 


 
 
 

リツコはセントラルドグマのゲートの前でカードキーを通そうとした...ふと殺気を感じ自分の右手に広がる闇を見つめた。そしてそこによく見知った人物を見つけた。

「ミサト来たの...そうあなたも知りたいのね」

リツコに呼ばれたミサトは暗がりの中から姿を現わした。そして銃をリツコに向けた。

「赤木博士、色々と教えてもらいたいものね」

リツコは突きつけられた銃も気にならないのか、ふっとため息を吐くと再びゲートの方を向いた。

「別に構わないわ。だけどもう一人教えてあげたい子がいるの」

ミサトはその言葉に後ろを振り返った...リツコに気を取られていて、周囲への警戒を怠っていたことに後悔するとともにそこにいた人物を見て驚いた。

「アスカ...」

アスカはミサトを無視するとリツコに向かって言った。

「何を見せてくれるのか知らないけど、早くして欲しいものね」

リツコはミサトとアスカに付いて来いと目で言うとカードキーを通した。数ブロック歩いたところにあった今は使われていない実験室へと入っていった。その部屋を見てミサトは文句を言った。

「何のつもり?こんなところに連れてきて」

リツコはミサトの文句を気にもせずにアスカに向かって言った。

「あなた、レイのことを知りたがっていたわね...
 これが綾波レイが12歳まで育った部屋...
 レイは12歳になるまで、誰ともあわずにここで育ったわ」

アスカはリツコがレイのことを実験動物か何かのように話す姿を嫌悪した。そして何故レイがあんなにまでも感情を表さないのか...そしてどうして他人に心を見せないのかその理由が判ったような気がした。

「人をわざわざ呼び出しておいて...なによ...
 見せたいものってこんなものなの?」

アスカの挑戦的な言葉にリツコは薄笑いを浮かべた。

「まあ、さわりとでも言うものね...
 本当に見せたいものはまだあるわ」

そう言うと、リツコは二人を連れて次の部屋へと入った。ほとんど明かりのないその部屋は背筋に寒さを感じさせるなにかがあった。

「ここがダミープラグの心臓部、そしてあなたたちが知りたい物のあるところ」

リツコはそう言うと手に持ったスイッチで部屋の明かりを点けた。アスカとミサトの周りにはオレンジ色をした液体をたたえた水槽があった。そしてその中には何かが無数漂っていた。アスカは最初それが何かわからなかったが、明るさに次第に目が慣れるにつれそれが人であることに気が付いた...自分のよく知る人であることに...

「レイっ!」

アスカのその叫びに水槽の中を漂っていた人はいっせいにアスカの方を見つめた。アスカは自分に向けられた視線の無機的な感触にとまどい、恐怖を感じた。

「これが...」

ミサトがつぶやいた。そしてそれを受けるかのようにリツコが言った。

「そう、これがダミープラグの基...綾波レイの形をしたモノ。
 私たちはエヴァのパイロットとして綾波レイ達を作った...
 何人も何人も...しかし魂は一人にしか生まれなかった...
 一人を除いて綾波レイ達のガフの部屋は空だったのよ...
 しかし、この子達は役に立ったわ...
 生きている綾波レイのパーツとして...
 そして最初の綾波レイが死んだとき、この中の一つに魂が受け継がれることが判ったわ
 その時からこの子達には生きている綾波レイのバックアップとしての役目も出来た
 それから、この子達にはダミープラグの基としても働いてもらえた...」

その時のリツコの顔は笑っているように見えた。

「本当にありがたい人形だったわ...
 アスカ...あなたはいつかレイのことを人形と言ったわね...
 その通りよ、レイは人形なのよ...でも...」

リツコの顔がだんだんと歪んでいった。

「アタシは...そんな人形にも勝てなかった...
 あの人の目はアタシを見ないでこの人形を見ていた...
 あの人のためならどんな恥辱にも耐えられたのに...

 だから...だから壊すの...憎いから」

リツコはそう言うと手に持った操作パネルのスイッチを入れた。リツコがスイッチを入れると部屋全体に低いモータの音が響き、中に浮かんでいた綾波レイたちの体が崩れだしてきた。アスカはそのおぞましさに吐き気を押さえることが出来ず部屋の片隅で嘔吐を繰り返した。ミサトは目の前の出来事を呆然と見つめていたが、はっと気を取り直しリツコに銃を向けた。

「あんた!何をしているのか判っているの?」

「壊すのよ...だって人じゃないから...
 別に撃ってもいいのよミサト...そうしてくれるとうれしいわ
 でもね、もう一つ見せたいものがあるの...アタシを撃つのはその後にしてくれない?」

リツコは泣いているような声で言った。ミサトは銃をおろすと、リツコを睨み付けた。

「これ以上何を見せようというの」

リツコは「付いてくれば判る」と言って二人の前を歩き出した。ミサトはアスカを支えるようにしてそれについていった。そしてあるゲートの前へとたどり着いた。

「ここって...」

ミサトは思わず言葉が漏れた...この扉の奥にあるものを見たことがあったから。リツコはそんなミサトを気にもせずカードキーを通した。三人の目の前には十字架に槍で磔にされた白い巨人の姿が現れた。その巨人を前にしてリツコはミサトに言った。

「ミサトはこれがなんだか分かっているわね」

「ええ、アダムでしょ」

「そう、すべての始まり。
 最初の人...第一使徒アダムそしてセカンドインパクトの原因」

「これが...」

アスカは目の前に貼り付けにされた白い巨人を見上げた。そして一つのことに気がついた。

「あの槍...」

リツコは我が意を得たとばかりに言った。

「やはり気がついたわね。
 そうあなたが第壱拾伍使徒を倒すときに使った槍と同じ物...
 ロンギヌスの槍...この前では使徒のはるATフィールドも何の役にも立たないわ」

そのリツコの言葉にミサトが疑問を口にした。

「でも、槍はアスカが宇宙に投げたじゃない...何故ここにあるの?
 元々2本あったの?」

「いえ、1本しかなかったわ。
 槍が使われたあの後すぐにここを調べたわ...
 そしてこの槍は使われた形跡がなかった...
 そして色々とデータを調べたのよ...アスカが投げた槍のこと
 アスカ言ったわよね...シンジ君が武器をくれたって
 あの時、強いATフィールドも観測されていたのよ
 アタシはその波形パターンを解析した...
 そして私は一つの結論にたどり着いた...」

リツコはそこまで言うと言葉を切った。そしてアスカの瞳を見つめると言った。その瞳には薄笑いが浮かんでいた。

「アスカ...シンジ君のこと好き?
 シンジ君のことを助けたい?」

アスカは急に何を言い出すのかといぶかったが、リツコの問いに答えた。

「シンジのことは好きよ...別にあの時助けてもらったからじゃない
 あの時そのことに気がついただけ...
 初めてあったときから気になっていた...
 シンジを助けたいかって?当たり前じゃない...そんな事」

リツコはアスカの答えを満足そうに聞いた。そして嘲笑うかのように言った。

「そう...あなたはまだ気がついてないのね
 シンジ君はもう帰ってこないわ...」

そう言うとリツコは言葉を切った。そして自分の発した言葉が二人に届いたことを確認すると静かに言った。

「だってあなたが殺したんですもの...」

ミサトはアスカに向けたリツコの言葉に腹を立て、リツコにつかみ掛かった。

「アンタ、何を言ってるの...
 アスカがそんな事をするわけないでしょ」

リツコはミサトを振り払うと二人に向かって言った。

「槍から強いATフィールドが観測されたのは話したわね。
 それでその固有波形を調べたの...
 その波形はシンジ君のものだった。
 いい、ATフィールドは人の心を形作っているのよ。
 それがまったく同じだったということはあの槍はシンジ君が作り出したと考えるのが妥当なのよ...
 シンジ君の心...そして魂を基にして...

 そう、あの槍はシンジ君そのもの...
 それをアスカ...あなたは投げ捨てたわ宇宙の彼方に...
 これで判ってくれた?あなたがシンジ君を殺したという意味が...」

アスカはリツコに言われたことで思い出した。確かに、槍を手放すまでシンジが自分の側に居たことを、そして槍のことを話すシンジが悲しげだったことを。そして気づいてしまった...シンジはもう帰ってこないことに。

「あたしがシンジを...」

アスカは呆然としその場にひざから崩れ落ちた。

「アスカ...」

ミサトはアスカが力なく崩れ落ちる様を見ていることしかできなかった...そして再びリツコを射るような目つきで睨んだ。

「リツコ...アンタどういうつもりでそんな事を言いうのよ...」

リツコはミサトのその目つきにひるむこともなく言った。

「別に...
 そうね強いて言えばあの男の息子に愛されたのが妬ましかったのかしら...
 そしてそれを信じていられることに...
 壊してあげたかったのよ...何もかも」

リツコはそこまで言うと高らかに笑い出した...ミサトの目からは狂気に彩られた笑いだった。

「リツコ...アンタ...」

ミサトはリツコに銃を向けたがすぐに銃口をおろした。もはやリツコにそんな事をしても無駄だということが判ったから。そして力なく崩れ落ちているアスカを抱きかかえるように支えると出口へと歩いて言った...笑い続けるリツコを残して。

「エヴァに関わるものの悲劇か...」

そしてその日からアスカもシンジの病室を訪れることはなくなった。  






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中昭のコメント(感想として・・・)


  消えた槍と地下にまだある槍との関連は・・・(第三話コメントより)

  うーぃ、そう来ましたか。やっぱり伏線は後で生かす為に使うものですよね。
  私なんか、生かすのを忘れて公開してから半月も経ってから気づくし・・・どうせなら気づかない方が幸せだった。
  それはともかく自分の魂を削るとは、シンジも思い切った事を。
  シンジらしいと言えばシンジらしいですが。

  次回でもTV版でシンジが経験した寂しさをアスカが経験していくと思います。
  アスカが耐えきる事ができるでしょうか。

  話がコロコロ変わりますが、シンジの替わりにアスカを動かすというのもおもしろいですね。
  トータスさんの場合、それを目先の珍しさだけで終わらせていない点も得点が高いです。
  リリスと槍はどう使うのかな。


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