第六話 The beginning of the end

Who Loves Her....



訪れるものの居なくなったシンジの病室にミサトはいた。その目はじっとシンジを見詰めている。ミサトが訪れてからかれこれ1時間が経とうとしてるが他に誰も訪れるものはなく医療機器の発する無機的な音だけが病室を支配していた。

「やはりアスカは来ないか...」

ミサトは目を閉じてあの時起こった事を思い返してみた。リツコの言葉に呆然と崩れ落ちるアスカ...連れて帰る途中でも「あたしが殺した...」とうわごとのようにつぶやいていた。

「無理もないか...
 自分が殺したとまで言われたんじゃ...」

アスカが再びシンジのもとを訪れるには時間が必要だろうとミサトは思った。ミサトはシンジに近寄りそっとその頬をなぜてみた。まだひげの生えていないなめらかな肌...女性のようなきれいな肌。その持ち主は自分の目の前で静かに横たわっている。数々の医療機器の助けによってかろうじて命を繋ぎ止めているその身体からは何の生気も伝わってこなかった。

「しんちゃん...
 本当に帰ってこないの...ねえ
 アスカがあんなに悲しんでいるのよ...
 ねえ...
 お願いよ帰ってきて...
 このままじゃアスカまで壊れちゃう...
 寂しいのよ...お願い...」

そうつぶやくとミサトはシンジに口付けをした...自分の命を吹き込むかのように。






「アスカの様子は...」

ミサトは発令所に戻ると日向マコトにアスカの様子を聞いた。

「今日はまだマンションから出ていませんね」

マコトは報告書のページをぱらぱらとめくりながらミサトに言った。

「ここのところほとんど外出していませんね...
 えーっと、夕方に湖まで行くぐらいのものですね」

マコトの報告にミサトは顔をしかめた。

「そう...
 私たちは子供達をこんなにぼろぼろになるまで使って何もしてあげられないのね...」

「それなんですが...」

マコトは耳打ちするようにミサトに言った。

「どうやらフィフスチルドレンが委員会から派遣されるようなんですよ...
 それも今日...」

フィフスチルドレンの派遣にミサトは驚いた。リツコが拘束された今、新たなチルドレンの選出は無い物と思っていた。しかもアスカが健在である以上、あいているエヴァはあの初号機しかない。しかし、アスカでもレイでも動かない初号機が今更シンジ以外のパイロットで動くとは思えなかった。何か裏がある...ミサトはそう考えた。

「私たちの知らないところで何かが動いているのね...」






アスカは第三芦ノ湖に沈む夕日を見ていた。リツコにシンジを殺したのはアスカだと宣告されて以来シンジの病室には行けなくなってしまった。静かに眠っているシンジの顔が自分のことを責めているようで怖かった。ここに来ているのだって別に湖や夕日が見たかったわけではなく...ただ自分の居場所が無くなってしまったことを忘れたかったからだった。

「シンジのところには行けない...
 シンジの顔を見るのが怖い...
 行ってどんな顔をすればいいのよ...
 何を期待して行けばいいの...

 ヒカリは疎開してしまった...

 レイは...もうあのレイじゃない...

 結局また一人になっちゃった...」

アスカはひざを抱えてうずくまった...自分自身を抱きしめるように。

「一人は慣れているはずなのに...」

アスカは立ち上がるとマンションへ帰ろうとした。そして振り返ったとき水面に突き出た石像の上に誰かがいるのに気がついた。一中の制服を着た少年...夕日に染まった銀色の髪をした少年が唄を口ずさんでいた。アスカはその唄が小さい頃によく聞いた唄だったことを思い出した。

「唄はいいね
 唄は心を潤してくれる
 リリンの生み出した文化の極みだよ
 そうは感じないか...惣流アスカ・ラングレーさん」

少年は振り向きもせずそう言った。まるでアスカが自分の事を見ているのを知っているかのように。アスカはなれなれしく自分に話し掛けてきた少年をいぶかしく思ったが、こんな時分こんなところをうろついている少年に興味を覚えた。

「アンタ誰...どうしてあたしの名前を...
 その格好を見ると一中の生徒みたいだけど見たことない顔ね」

「ボクはカヲル...渚カヲル
 君と同じ仕組まれた子供...
 フィフスチルドレンさ」

「フィフスチルドレン...渚...カヲル...」

「カヲルと呼んでくれないかい惣流さん」

「わかったわ、渚君...
 それでどうしてここに」

カヲルは少し苦笑いを浮かべた。

「やはり君に名前で呼んでもらえるのは碇シンジ君だけのようだね
 ここに来た理由かい...君に挨拶するためではいけないかい」

シンジの名前が出た事に胸の痛みを感じたアスカだったがそのことを顔に出すような事はしなかった。

「あたしをナンパしようなんていい度胸ね...
 おあいにくさま...今はそんな気分じゃないの」

「碇シンジ君のことかい?」

カヲルの言葉に今度こそアスカは表情が変わるのを隠せなかった。

「どうしてそれを...」

アスカの言葉にカヲルがニッコリと微笑んだ。「奇麗だ」アスカはその微笑みを見てそう感じた。そしてその微笑みがシンジに似ているとも。そしていつのまにかカヲルを見つめている自分に気が付いて少し頬を赤くした。

「知らないものはないよ...有名だからね君たちは...
 それよりいいのかい...シンジ君のそばにいなくて」

「ほっといてよ」

アスカは力なくそう言うとカヲルの視線から顔をそらした。

「怖いのかい...シンジ君が...
 彼が帰ってこない事が...
 誰が君に何を言ったのかは知らない...
 だけど君以外の誰がシンジ君を待ってあげられるんだい」

アスカは何故カヲルがそんな事まで知っているのか不思議だった。しかしカヲルの言う事は当を得ていた。アスカ自身カヲルの言う事は理屈では理解している。けれども一度萎えてしまった心を奮い立たせる事は今のアスカにはできなかった。

「人としては最低だけど...科学者としては優秀だった
 言われたわ...あたしが殺したって...
 反論できなかった...確かにそうだから...だから...だからあたしは行けない...」

カヲルは優しく微笑むとアスカに言った...優しく包み込むように。

「シンジ君よりもその人を信じるのかい...
 シンジ君は君の事を誰よりも大切に思ったんだろ...
 そんな彼が君を悲しませたままにすると思うのかい
 何よりも君がシンジ君のことを信じてあげなくてどうするんだい」

アスカの心にカヲルの言葉が染みた...初めてあったのに自分の心に入ってくる存在...アスカはカヲルと話しているうちに気が軽くなってくるのを感じた。

「行こうか...シンジ君のところへ」

そう言うとカヲルは石像から飛び降りアスカを導いた。アスカはただカヲルの後に従ってシンジの病室へと向かった。






「フィフスチルドレンが今到着したそうです」

日向マコトカートレインの中、隣に座るミサトに話し掛けた。

「渚カヲル...過去の経歴は抹消済み...レイと同じね」

ミサトは窓の外を流れていく青い照明をただ眺めていた。

「ただ生年月日はセカンドインパクトと同一日です」

「委員会が直で送ってきた子供よ必ずなんかあるわ」

「マルドゥックの報告書もフィフスの件は非公開になっています...
 それもあってちょいと諜報部のデータに割り込みました。」

マコトはミサトに耳打ちした。

「危ないことするわね」

「その甲斐有りましたよ...リツコさんの居場所です」

耳元に話し掛けるようにしていたマコトはそこまで言うと元の通り車のシートに座り直した。

「フィフスのシンクロテストどうします」

「今日のところは小細工を止めて彼の実力みせてもらいましょ」

そう言ったミサトはふと気づいたかのようにマコトに聞いた。

「そういえばフィフスは今どこにいるの」

「セカンドチルドレンとともにシンジ君の病室にいます」

「アスカと?
 どういうこと?」

ミサトはあれ以来シンジの病室を訪れていないアスカのことを考えていた。アスカが再びシンジの病室を訪れるにはもう少し時間がかかるとミサトは思っていた...それなのに何故...

「フィフスの少年が変えたの...アスカを」

ミサトはそうつぶやいた...そして

「監視の方よろしく」

マコトに指示を出した。






ただ医療機器の音だけする静かな病室に二人はいた。VIP専用の病室のため他の患者からは隔離され、外の騒音もここには無縁だった。

アスカはシンジのベッドの脇のいすに腰をかけると愛しそうにシンジの頬をなぜた。

「シンジごめん...あなたの事を信じてあげられなくて」

カヲルはそんな姿をただ微笑んで眺めていた。

「もう大丈夫だね...君たちは」

アスカはその声にカヲルの方に振り向いた。

「どうして、こんなにしてくれるの」

カヲルはニッコリと微笑むと二人に向かって言った。

「ボク達は仲間だろ...
 今はそれだけでいいんじゃないか」

アスカはカヲルの微笑みに顔が熱くなるのを感じていた。

「渚...ううんカヲル、ありがとう」

名前で呼ばれた事に気が付きカヲルはニッコリ微笑むとスイッチに手をかけて言った。

「じゃあ、邪魔物は退散する事にするよ.......って
 そんな顔で見ないでくれないかい、惣流さん」

邪魔物という言葉に反応してジト目で睨んだアスカにカヲルは少しひるんだ。

「アスカでいいわよ...
 それよりなによ...その年寄り臭い言い方は」

「ごめんごめん、まだ発令所の方に顔を出していないんだ...
 だからそろそろ行かないと何を言われるか分からないからね」

アスカはそれを聞いて少しあきれた。

「変わった奴だとは思っていたけど...
 アンタ何考えてんのよ」

「最初に君たち...いやアスカちゃんにあいたかったのさ」

そう言うとカヲルは病室を出ていった。後には顔を赤くしたアスカだけが残された。

カヲルは病室を出るとしばらくドアを見つめていた。そして小さくつぶやいた。

「ガラスのように繊細だね...
 そしてとても美しいね...君たちの心は...
 出来ればこんな形で出会いたくなかった」

そういってカヲルは発令所へと歩みだした。






シンクロテストはレイ、アスカ、カヲルの3人で行われた。リツコが拘束された今、冬月が陣頭で指揮をしていた。

「後0.3下げてみろ...」

冬月は表示されるデータを険しい顔で見つめていた。

「このデータに間違いはないな」

「すべての計測システムは正常に作動しています」

「MAGIによるデータ誤差認められません」

「よもやコアの変換無しに初号機とシンクロするとはな...この少年が」

冬月は信じられないものを見たかのように言った。

「信じられません...いえシステム上ありえないです」

伊吹マヤは震える声で言った。

「でも事実なのよ事実をまず受け止めてみて原因を探ってみて」

ミサトの言葉にマヤははっとして振り返った。






シンクロテストを終え帰ろうとしたレイをカヲルはジオフロントの長いエスカレータを降りたところで待っていた。レイはカヲルを認めると一瞬驚いたがすぐに平静を取り戻しその横を通り過ぎて行こうとした。そんなレイにカヲルは声をかけた。

「君がファーストチルドレンだね...

 綾波レイ...

 君はぼくと同じだね」

レイは自分と同じ存在と言ったカヲルの言葉に驚いた。そして同時にカヲルから伝わってくる懐かしい印象に戸惑っていた。

「あなた誰...」

カヲルはただ微笑んでいるだけだった。






「フィフスの少年がレイと接触したそうだ」

冬月はゲンドウに言った。

「そうか」

「MAGIに全力を挙げてフィフスのデータを当たらせたんだが...」

「何も出てこなかったんだろ」

「よくわかったな碇...
 委員会がよっぽどうまく隠しているらしい」

「それよりも過去などないと考えた方が説明がつく」

「まさか碇...」

冬月は言葉を失った。

「ああ、レイと同じだ」

「しかし何故初号機が動く...
 まさか...」

「シンジのクローニングが行われた形跡はない
 たぶん別の理由だろう」

「老人達は予測していたのか」

「いや、それはないだろう
 だからいっそう不可解でもあるのだが...」






誰の目にもとまらない漆黒の闇、そして何人も犯す事のできない仮想空間にゼーレのメンバーは集まった。第壱拾六使徒が倒された今、予言の日まで後わずか...

「ロンギヌスの槍に引き続き零号機の損失」

「碇の解任には理由が十分だな」

「奴の独断専行ぶりは目に余る」

「しかし奴でなければ計画をここまで実行できなかったのも確かだ」

「ネルフは奴の所有物ではない」

「いいではないか後で碇には我々への背任の責任を取らせればよい」

「そう残る使徒は後一体」

「約束の日は近い」

「エヴァシリーズも8体用意されようとしている」

「残るはあと4体」

「もはや碇にはどうにも出来んよ」






シンクロテストが終わりシャワーも浴びたアスカはシンジの待つ病院へ行こうとゲートを出た。

「カヲル...」

そこにカヲルが居るのを見つけてなぜか胸が弾んでしまう...不思議な感覚をアスカは感じていた。

「待っていてくれたの?」

アスカは恥ずかしそうにそう聞いた。

「そうだよ、一緒にシンジ君のお見舞いに行こうかと思ってね
 それにアスカちゃんとは色々話をしたいしね」

「そう...」

アスカは自分に芽生えている感情をどう扱っていいのか判らなかった。そのまま二人はシンジの待つ病院へと歩き出した。






「あたしは一人で生きて行けると思っていた...
 あたしは一番じゃないといけないと思っていた...」

病院へと向かう途中アスカはぽつりぽつりと話し出した。

「ドイツにいたときはあたしは一人だった
 形だけの家族は居たけど...そこにあたしの居場所はなかった
 周りに居る大人はあたしをエヴァのパイロットとしか見ていない
 あたしの周りにはあたしを理解してくれる人は加持さんだけ...」

そこまで話してアスカはふと考えた。どうしてあたしはこんなことをカヲルに話しているのだろうと。ふとカヲルへ目をやると自分を見詰めているカヲルと目が合った。アスカの頬が赤く染まった。

「今でもそうなのかい」

「日本に来て色々な人と出会ったわ...
 ヒカリ、鈴原、相田...それにシンジ
 エヴァのパイロットでないあたしを見てくれる人たち...
 今思うと初めてだったわあんなに人といて楽しかったの」

カヲルは目を細め嬉しそうにアスカの方を見詰めていた。

「でもそれに気づいたのはつい最近...
 なくしてみて初めて気が付いたの...馬鹿よね
 エヴァのパイロットとしての自分なんてあたしの中のほんの一部分でしかないのに
 それがすべてだと思い込んでいた...だからシンジに辛くあたっていた
 あたしは一番じゃなきゃだめだって、自分を縛っていた
 子供で居る事が嫌だったから早く大人になりたかった
 ほんと馬鹿よね...そう思うことが子供の証拠なのに」

「でもそれに気づいたんだろ...今からでも遅くはないよ
 アスカがそれを取り戻す気にさえなれば...
 未来は君たちのためにあるんだから」

「ありがとう、カヲル」

カヲルの言葉でアスカは心が軽くなっていく気がした。だから素直にカヲルにお礼を言う事が出来た。

「ボクはね君たちに会うために生まれて来たのかもしれない」

アスカは自分の顔が熱を帯びているのを隠すためにカヲルから顔を背けた。

「ばか、恥ずかしい事言うんじゃないわよ」






アスカとカヲルはいつもの通りシンジの病室へと行った。そしてアスカはいつもの通りシンジのベッドの隣に腰をかけると愛しそうにシンジの頬をなぜた。カヲルはそんなアスカを嬉しそうに見つめ続けていた。しばらく経ってからカヲルはぽつりと独り言をつぶやいた。

「どうすればいいんだろう...」

普通なら聞こえないほど小さな声だったが、たまたまアスカはカヲルのその言葉を聞きとめた。

「どうしたのカヲル...
 何か迷っているの」

「いや、別に...何でもないよ」

カヲルにしては慌てた表情でそれを打ち消した。

「そんな顔をして言われても説得力がないわよ。
 カオルには色々助けてもらったわ
 私に何が出来るか分からないけど、聞いてあげる事ぐらい出来るわ」

カオルはどうするか迷ったが真剣なアスカの顔を見て話す事にした。

「自分の使命についてだよ...
 果たすべきか、果たさざるべきか」

「使命についての中身は教えてくれそうもないわね...」

アスカはちょっと考えたが答えを見つけたのか続けて話し出した。

「カヲルはその使命が正しいと思っている?
 もしそれが正しい事だと思うのなら、迷わないでそれを果たしなさい
 もし正しくないと思うのなら放り投げちゃいなさい」

「アスカと敵になってもかい」

「もしそうだとしてもよ
 自分の信じた事をやらないと後で後悔するわ
 まあ敵対したいとは思ってないけどね...」

そう言ってアスカはカヲルに微笑んだ。

「そうだね...ボクもそう思うよ」

カヲルはそう言って笑うとアスカをおいて病室を出た。






初号機のケージの前にカヲルはいた。

「ありがとうアスカ...
 もし生まれ変わることが出来るなら今度はキミと生きていきたい...
 許してくれるだろう...シンジ君」

そう言うとカヲルは拘束されている初号機の方へと向き直り語りかけた。

「さあ行くよ、おいでアダムの分身、リリンのしもべ...
 そして母さん」

カヲルはアンビリカルブリッジから虚空へと一歩踏み出した。そして何かに支えられているように初号機の前に浮かび上がった。初号機はカヲルの呼びかけに答えるかのように顎部拘束具を排除し起動した。






「エヴァ初号機起動!」

突然のMAGIの警告に発令所は浮き足だった。

ミサトはあることに気づきマコトに指示を出した。

「初号機が...すぐにシンジ君の病室を写して!」

そこにはベッドにもたれ眠っているアスカとシンジの姿が映し出されていた。

「フィフスの少年がいない...」

あわただしく計器を操作していたシゲルから大きな声があがる。

「初号機、エントリープラグは挿入されていません...
 えっ、ちょっと...」

あわただしくキーボードを叩く。そして...

「初号機の側にフィフスの少年発見...
 これは...ATフィールドの発生を確認
 パターン青、使徒です!
 初号機と共にセントラルドグマを降りていきます!」

悲鳴の様に聞こえてくるシゲルの声に負けないくらいの大声でミサトは怒鳴った。

「隔壁を全部閉鎖して!
 少しでも時間を稼ぐの
 それからすぐにアスカを起こして!」






喧噪に包まれる発令所とは別に司令塔にいる二人は静かだった。冬月はゲンドウに耳打ちをした。

「まさかゼーレが送り込んでくるとはな」

「老人達は予定を一つ進めるつもりだよ...自分たちで」

「しかし何故初号機を...
 まさか初号機の秘密に気づかれたのか」

「或いは破滅を導くためか」

「いずれにしても殲滅するしかないが...
 出来るのか?使徒と初号機相手で」

「出来なければそこまでと言うことだ...
 老人の野望も我々も」

「ああ」






電脳空間に浮かぶモノリス達...そこからは焦りが伝わってきた。

「最後の使徒がセントラルドグマに進入したそうだ」

「だが初号機も一緒とは予定と違うのではないかね」

「奴が初号機を動かせるとは予測の範囲外のことだよ」

「使徒、初号機...弐号機のみのネルフで止められるのか」

「伍号機、六号機をまわしてはどうか」

「今更間にあわん」

「最早我々の手の届かないものとなったのか」

「神への道もここまでか」






警報音にたたき起こされたアスカは弐号機へと急いだ、知らされたカヲルの正体に心を痛めながら。

「あの馬鹿...」

そのまま更衣室に駆け込むと大急ぎでプラグスーツに着替え弐号機へとエントリーした。

「アスカ!出撃よ...いい?」

難しい顔をしてミサトが言った。

「当たり前でしょ、ミサト...それがあたしの務めなんだから
 それよりアンビリカルケーブルの方は大丈夫?
 場合によっては一番下まで降りて行くからね」

ミサトはマコトに指示を出してソケットの配置図をディスプレーに映し出した。

「オッケーミサト、行くわよ」

そう言うとアスカはカヲルと初号機を追ってセントラルドグマを降下した。

「務めか...」

アスカは小さくつぶやいた。






セントラルドグマにおろされた隔壁は初号機の力の前にはなんの意味も持たなかった、紙の様にうち破られていく隔壁を通り抜けながらカヲルは弐号機が降りて来るであろう上空を見つめた。

「アスカ遅いな」

見つめる上空に赤い光が現れた。

「怒っているかな...アスカ」

弐号機はリニアの力で自由落下より速い速度でドグマを降下した。そしてようやく初号機とカヲルへと追いついた。

「待っていたよアスカ」

「カヲル...なんで」

カヲルへつかみかかろうとした弐号機を初号機が遮った。2体のエヴァはそのまま力比べをするように組み合った。

「使命を果たせと言ったのはアスカだろ」

「正しいと思ったらとも言ったでしょ」

初号機の圧倒的な力に押されながらアスカが大声を上げた。

「だからだよ」

カヲルがそう言うのと同時に初号機は弐号機の腕をふりほどき弐号機をドグマの壁へとたたきつけた。アスカは背中に感じた痛みに一瞬頭が真っ白になったがすぐに気を取り直し、プログナイフを装備した。今の初号機相手に通じるとは思えない...しかしこのままでは初号機を押さえることも出来ない。

「シンジごめん」

そう言うとアスカはプログナイフを持って初号機へと飛びかかった。初号機も弐号機と同時にプログナイフを持つとそれを受け止めた。ナイフから飛び散る火花が2体のエヴァとカヲルを浮かび上がらせた。

「どうしてなの...シンジのママ」

プログナイフでせめぎ合いながらアスカはつぶやいた。初号機の中にはシンジのママがいる。何故彼女は使徒の味方をするのか、第壱拾伍使徒の時アスカの使命を諭したのは彼女のはずなのに...アスカにはその理由がわからなかった。

「エヴァはボクの体と同じもので出来ているからね
 エヴァと離れていても心を通わすことが出来る...
 それにボクが初号機とシンクロできる理由は薄々とはかんじているだろう」

「まさか」

アスカがそう言ったとき弐号機の持つプログナイフは初号機によってはじかれカヲルの方へと向きを変えた。「しまった」と思ったアスカだったがカヲルの前に広がるオレンジ色の壁に息をのんだ。

「ATフィールド!」

「そう、君たちリリンはそう呼んでいるね
 何人にも犯されない聖なる領域...心の壁
 ATフィールド、君たちも気づいているんだろ...
 ATフィールドは誰もが持っている心の壁だって」

「そんなこと!」

アスカがそう叫んだ時初号機が弐号機の肩口にプログナイフを突き立て、弐号機を蹴り飛ばした。アスカは全身を襲う痛みに歯を食いしばって耐えた。しかし圧倒的な初号機の力に絶望感が広がっていった。

「勝てない...でも」

そう言って再び弐号機は初号機へとつかみかかっていった。

「エヴァシリーズ、アダムより生まれし人間にとって忌むべき存在
 そんなものを利用してまでまで生き延びようとするのかリリン...ぼくには分からないよ
 リリンの心はこんなにも悲しみに包まれているのに」

カヲルはそう言うとATフィールドを大きく展開した。そう誰の邪魔も入らないように...






カヲルがATフィールドを強化したとき発令所を爆発が起こった様な振動が襲った。椅子に捕まりミサトが叫んだ。

「なんなの」

「これまでにない強力なATフィールドの発生を確認...
 光子、粒子、電磁波..全て遮断されてモニタ出来ません」

シゲルの報告にミサトは絞り出すように言った。

「まさに結界か...
 弐号機の状態は?」

「今のやつでケーブルが切れたようです...モニタ出来ません」

ミサトは決意を秘めた面もちでマコトのもとへと歩み寄り、耳元で小さくささやいた。

「いいわね、次に反応が現れて状況が変わったとき」

「はい、サードインパクトを起こされるよりはましですからね」

マコトはコンソールの画面に本部の自爆画面を呼び出して言った。

「悪いわね...つき合わせて」

「いいですよ...あなたとなら」

マコトは自分の肩に置かれたミサトの手に自分の手を重ねてそう言った。






長いセントラルドグマのシャフトも終わりを迎え、2体のエヴァとカヲルはもつれあうようにしてターミナルドグマへと落ちていった。LCLの海に落ち込んだ2体のエヴァ...カヲルは一瞬赤いエヴァに視線を向けたが、そのまま振り返りヘブンズドアの方へと進んでいった。

落下のショックから立ち直ったアスカはカヲルの居場所を追った、そしてそれを見つけると弐号機に追わせようと立ち上がった。その時右足に強い衝撃を感じた。

「初号機...」

初号機は弐号機を阻むように弐号機の右足をつかむとそのまま引き倒した。アスカはカヲルを追うことをあきらめ再び初号機へと向かい合った。

カヲルはLCLの海の上を滑るように進んでいった。そしてドアの前に来るとロックへと一瞬視線をやった。ドアはまるで何事もなかったように静かに開き始めた。






「ヘブンズドアが開きました」

絶望感を伴った声でシゲルが報告した。ネルフの持つ全戦力を投入しても使徒を止めることが出来なかった。「サードインパクト」その思いが全員の頭をよぎった。

「日向君」

マコトの肩に置かれたミサトの手に力がこもった。マコトは素早くキーボードを操作した。そしてそこに現れた反応に目を見開いた。

「どうしたの」

何も起こらないことを疑問に思ったミサトがマコトに声を掛けた。その顔には焦りの色が浮かんでいた。

「MAGIが自律自爆を拒否しています...
 ここからでは手の打ちようがありません」

「そんな...」

ミサトは全ての手段が封じられたことに呆然とした。その時再び振動が本部を襲った。

「今度は何」

「先ほどと同等のATフィールドが結界の周辺に発生、浸食していっています」

「使徒なの」

「待って下さい...えっ...フィールドが消滅しました」

「どういうことなの」

最早何が起きても自分は見ていることしか出来ない...絶望が彼女を包んだ。






そのころアスカの乗る弐号機も苦戦をしていた。ケーブルによる電力の供給が止められ残り稼働時間が残り少ない上、初号機の圧倒的な力の前に為すすべもなく弐号機の攻撃がはねつけられていたからだった。迫り来るタイムリミットにアスカは最後の突撃を敢行したが、それも初号機の前にはじき飛ばされた。

「ここまでなの」

アスカは病室に眠るシンジの姿を思い浮かべた。

「シンジ...ごめん...
 もう会えないね...」

内蔵電池の終わりを告げるアラームの音と共に弐号機の活動が停止した。赤く照らし出される非常灯の中アスカは一人エントリープラグに残された。

「あたし、精一杯頑張ったよね...
 仕方ないよね...
 どうせならシンジの側にいたかったな...」

静寂だけがアスカを包んだ。アスカはシンジの顔を思い浮かべた。

「好きだよ...シンジ...

       ・
       ・
       ・
       ・
       ・
       ・
       ・
       ・
       ・

 イヤだ....
 イヤだ!まだシンジに伝えてない、シンジとデートもしていない
 イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ、イヤ
 死ぬのはイヤ、死ぬのはイヤ、死ぬのはイヤ、イヤなのよ...
 動いてよ...お願いだから動いてよ...
 動いて、動いて、動いて、動いてよママ!」

その時アスカは自分が白い光に包まれるのを感じた。そしてその光が人の形を形作ると共に心が流れ込んできた...そうアスカが求めてやまなかった人の心が...

『アスカちゃん』

アスカの顔が歓喜に輝いた。

「ここにいたのママ!」

その叫びと共に弐号機は再起動した。

再起動した弐号機は再び初号機と組み合った。アスカの母の目覚めた弐号機は初号機と互角の戦いをした。このままではただ時間だけが経ってしまう...そうアスカが考えたときいきなり弐号機のエントリープラグがイクジットされた。LCLの海に着水したエントリープラグの扉を開けアスカは目の前の光景を呆然として見つめた。そこではまだ弐号機が初号機と戦っていた。

「私に行けっていうの」

そうつぶやくとアスカは銃を持ってLCLの海を泳ぎだした。






渚カヲルは十字架に張り付けにされた白い巨人のところへたどり着くと巨人に向かって話しかけた。

「アダム...我らの母なる存在
 アダムより生まれしものはアダムへと還らなければいけないのか
 人を滅ぼしてまでも...」

そう言うとカヲルは白い巨人にはめられた仮面を透視するかのようにじっと見つめた。そして驚愕の表情を浮かべた。

「違う!これはリリス
 そうか...そう言うことかリリン」

カヲルはそう叫ぶと後ろを振り返った...アスカを待つために。






アスカがLCLの海を泳ぎわたったとき自分のことを見つめているカヲルと目があった。

「カヲル...」

アスカは持っている銃を構え銃口をカヲルへと向けた。

「撃たないのかい?
 今ならATフィールドを張っていない
 その銃でもボクを殺すことが出来るよ」

「どうしてなの」

アスカの銃が震える。

「言ったろ...これがボクの使命だって
 だけどこのまま死ぬことも出来る...
 ボクにとって生も死も等価値だからね...
 自らの死、それだけがボクに与えられる絶対的な自由なんだよ
 それにキミの手に掛かるのなら本望だよ」

「何を言ってるのよ!」

「遺言だよ...」

そう言うとカヲルは大きく手を広げてアスカの方に歩み出た。

「滅びの時を免れ未来を与えられる生命体は一つしか選ばれないんだよ
 アスカ...君たちは死すべき存在じゃない...
 それに...」

カヲルは言葉を切った。

「それにボクを殺さない限りシンジ君は帰って来ない
 もう気づいているんだろ...シンジ君がボクの中に居ることに
 シンジ君はキミを助けるために槍となってアラエルを貫き宇宙へと散った
 そしてその魂はアラエルを通してボクへと引き継がれた
 そうやってボクは人の心を得た...
 ボクの魂を受け継ぐ使徒はもう居ない...
 だからアスカ...ボクを殺せばシンジ君の魂は持ち主のところへ帰っていく
 そうすればシンジ君はまたキミに微笑んでくれるようになる」

アスカの銃のふるえは次第に大きくなりもう照準を合わせられないほどになっていた。

「どうしてなの...どうしてカヲルを殺さなくてはいけないの...
 一緒に生きてはいけないの!」

カヲルにはアスカの心からの叫びが伝わった。生きていきたいこのままリリンとして...カヲルは心からそう思った。しかしそうできないことも知っていた...この魂をシンジに返さなくてはいけないと。

カヲルはさらにアスカへと歩み寄り、銃口を自分の胸へと当てた。

「さあ、ボクを消してくれ」

アスカの体は銃のふるえがうつったかのように大きく震えていた。カヲルは胸に銃を当てたままそっとアスカの頤(おとがい)を持ち上げるとその唇に口づけをした。アスカにはカヲルの唇からカヲルの心が流れ込んでくる気がした。死を待つ悲しい心、その心を感じたときアスカの震えが止まった。

「カヲル...」

カヲルはアスカの瞳を見つめにっこりと微笑んだ。

「ありがとう...キミにあえてうれしかったよ」

アスカは引き金を引いた。ゆっくりと崩れ落ちていくカヲルの肉体。アスカはただ涙を流すことしか出来なかった。綾波レイだけがそんな二人を見つめていた。









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中昭のコメント(感想として・・・)

  >まだひげの生えていないなめらかな肌
  ちなみに私は14の頃・・・ヒゲ生えてたと思います。


  軽いジャブをカマしたところで、本題へ

  >「行こうか...シンジ君のところへ」
  一緒に行かせますか。
  行って来いってパターンしか思いつかなかった。


  >そこにカヲルが居るのを見つけてなぜか胸が弾んでしまう...不思議な感覚をアスカは感じていた。
  なんかこの6話だけ見てると、カヲルとアスカの悲恋物語のようで・・・
  アスカは目覚めるシンジに素直になれるのでしょうか。

  君ではなく君たちで通した所も予想外。カヲルがシンジを無視してないですね。


  > そしてその魂はアラエルを通してボクへと引き継がれた
  > そうやってボクは人の心を得た...
  人の心はシンジへとかえる。
  使徒(カヲル)の心はどこへ?
  アスカへ引き継がれたりして。


  カヲルくんの哀しみが色濃くでていた第六話。
  次回はAIR編でしょうか。いきなりまごころを君にかもしれない。
  意表をついてDETH編・・・はないか。


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